ファイナンス 2018年11月号 Vol.54 No.8
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過去の「シリーズ日本経済を考える」については、財務総合政策研究所ホームページに掲載しています。http://www.mof.go.jp/pri/research/special_report/index.html企業のガバナンスとリスクテイク財務総合政策研究所総務研究部 研究官木村 遥介*1シリーズ日本経済を考える831.はじめに日本企業の収益性の低さが話題となっている。実際、ROA(総資産利益率:Return On Asset)やROE(株主資本利益率:Return On Equity)等で計測した利益率は、欧米と比べて低い水準にあった。関連するもう一つの事実として、日本企業のパフォーマンスのボラティリティが世界的に低いことが知られている(例えば、Acharya et al., 2011;蟻川ほか, 2017)。要するに、日本企業の収益性は「ローリスク・ローリターン」であると言うことができるだろう。企業の業績において、高いリターンを得るためには相応のリスクが必要であるならば、低いリターンを得るために小さなリスクを選択することは当然のことのように思われる。そうであるならば、どうして日本企業が選択するリスク水準が小さいのだろうか?シンプルに考えると、企業の経営者(あるいは経営陣)が企業のリスクの大きさを最終的に決定すると言える。つまり、経営者は自らが選択できるプロジェクトの中で、自らが望むリターンおよびリスクをもたらすプロジェクトを選択する。したがって、日本企業のROAのボラティリティが小さいのは、日本企業の経営者がリスクの小さいプロジェクトを選択しているからだと考えることができる。それでは、本当に経営者のリスクに対する態度が、企業のパフォーマンスを決定づけているのだろうか。経営者の意思決定はそれほど単純ではなく、様々な利害関係者(ステークホルダー)から影響を受けうる。もっとも重要な例は、株主と経営者の利害関係である。「所有と経営の分離」によって、一般的に、企業の所有者である株主と企業経営者の利害は一致しない。この問題を「エージェンシー問題」と呼び、経営者に株主利益に合致する行動を選択させるような仕組みが必要である。その仕組みが「コーポレート・ガバナンス」である。コーポレート・ガバナンスとは、企業の収益向上や不正防止のように、長期的な企業価値の上昇を目指した企業経営の仕組みである。投資家に関わる法制度や雇用慣行の違いから、各国においてコーポレート・ガバナンスのあり方が異なることは広く知られている。日本における従来のガバナンスは、株主利益の最大化を目的とするアメリカ型のコーポレート・ガバナンスと大きく異なる。なぜなら日本では、メインバンクや系列企業に基づくガバナンスが一般的であったからである。バブル崩壊以降、日本のコーポレート・ガバナンスはアメリカ型の株式市場を中心とするものに変化しつつある。近年の日本において、コーポレート・ガバナンスは適切に機能しているのだろうか?本稿の目的は、企業のリスクテイクと株主の関係について、先行研究を引用しながら概観することである。コーポレート・ガバナンスの研究は多岐にわたるが、リスクテイクに関する研究が近年蓄積しつつあ*1) 本稿の執筆にあたって、林ひとみ主任研究官(財務総合政策研究所)より有益な助言や示唆をいただいた。ここに記して感謝の意を表する。なお、本稿の内容や意見はすべて筆者の個人的な意見であり、財務省および財務総合政策研究所の見解を示すものではなく、本文における誤りはすべて筆者個人に帰するものである。60 ファイナンス 2018 Nov.連 載 ■ 日本経済を考える

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