ファイナンス 2018年11月号 Vol.54 No.8
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た。その時に、美波町の特性を生かして提唱した働き方が「半X半IT」です。都市部では、どうしても優先度を下げざるを得ない個人の趣味をXに当てはめて、仕事であるIT業と個人の大事なXを両立できる生き方をしませんか、という思いで、この「半X半IT」を掲げて採用を行ったのです。世の中にはたくさんの趣味があるかと思いますが、大別すると、引っ越してでもやりたい趣味とそれ以外の趣味に分かれると思います。その観点から見ると、この徳島県の県南部は引っ越ししてでもやりたい趣味の宝庫であり、美波町でもスキューバダイビングとかサーフィン、川遊びなどを楽しむことができます。オフィスの目の前でサーフィンができるという地域特性を採用強化に繋げたということです。そして、そういう方がちゃんといるのです。サーファーだったり、ハンティングが趣味だったり、農業をやりたいとか、いろんな人がやってきました。ちなみに私の場合、「半X」は釣りです。子供たちと港で釣りをしたり、漁師さんから古くなった船を譲り受けて、暇があれば太平洋に乗り出しています。こうした働き方は、地方だからこそできる働き方です。仕事が大事というのは東京にいても美波町にいても全く同じだと思います。ただ、東京にいると、仕事が大事の結果、両立できないことがたくさんある。美波町の場合、特定の趣味になりますが、職・住・遊がほぼ同じ場所ですので、無駄な時間が無くなるのです。地方に来た個人に起こったビフォー・アフターを見てみると、都内で働いていたシステムエンジニアのS君の場合、仕事の時間は変わっていないけれども、毎日3時間の往復通勤時間が美波町ではほぼゼロになったので、その時間を活かして趣味のサーフィンができるようになりました。また都会生活ではなかった地域とのふれあいの時間も生まれたのです。企業に起こったビフォー・アフターとして、あれほど採用に苦戦していた我が社が、様々なメディアが取り上げてくれたこともあり、応募者が急増しました。社員数も3倍となり、業績も向上しました。その観点から見ると私は東京で抱えた「社員を採用できない」という悩みを過疎地に行くことによって解決することができた、と思っています。6.よく聞かれる質問(1)「半X半IT」? 遊び半分?一方で「半X半IT」という言葉を掲げると、「遊び半分の会社ですね。」と嫉妬半分で言われることもありました。でも今になって思うと、一人の大人が仕事、つまり生産活動と遊びを平日でも行う、平日の中に生産と消費がある、すなわち「一人が何役も担う」ということは、人口減少社会において結構重要なことではないかと思います。この「一人何役」というのがこれからのキーワードであると思っておりまして、分かりやすい事例で言うなら、ふるさと納税、つまり住民税を複数の場所に納税できるという仕組みも「一人何役」の表れとみることもできましょうし、平日は働くだけではなく消費も行うプレミアム・フライデーもそうではないかと思うのです。(2)「田舎ではのんびりスローライフでしょ?」こちらも嫉妬混じりですが、「田舎ではのんびりスローライフでしょ?」と言われることもあります。でも私たちの実感は「完全にNO!」です。サイファー・テックは美波町に小さなオフィスをつくりましたが、その地域からすると、突如現れた若手の集団なのです。地域からいろいろな声がかかります。会社としても積極的に地域活動をやろう、ということで、コメ作りをやったり、地元の学校でITの授業を担当したり、高齢者向けのITの講座を始めたり、消防団に加入して地域防災活動をやったりといろいろ取り組んでいます。こうした活動をやっていくと、地域の人たちから「お前たちが来てくれて町が元気になった。」と言われるようになりました。これを少し引いて考えてみると、私の東京でのライフスタイルは「とにかく稼ごう。稼げば遊びが増えるのではないか。」というものでした。稼ぎと快楽の最大化を図るということです。しかし過疎地である美波町に行って気付いたことは、「稼ぐとか遊ぶというのは当たり前のことであって、その上で、社会の中で、有償無償に関わらず、地域のためにひと汗かくのが本当の大人の姿である。」ということでした。先ほど例に挙げたサーフィンが好きなS君ですが、もう移住して5年経過しています。彼が地域において、52 ファイナンス 2018 Nov.連 載 ■ セミナー

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