ファイナンス 2018年11月号 Vol.54 No.8
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わが愛すべき80年代映画論(第十五回)文章:かつお1,429円+税発売元:NBCユニバーサル・エンターテイメント監督:マーティン・ブレスト出演:ロバート・デ・ニーロ、チャールズ・グローディン『ミッドナイト・ラン』1988年ロバート・デ・ニーロの最高傑作は何か。そんな問いかけに対し、「そりゃー、『タクシー・ドライバー』一択っしょー!」という面倒くさそうな映画ファンがいるだろう。「もちろんアカデミー賞を獲った『レイジング・ブル』ですね。」という権威に弱いだけの自称映画好きもいるし、「ドン・コルレオーネの若い頃に勝るはまり役は無いね。」というゴッド・ファーザー厨の輩もいるかもしれない。いや、ロバート・デ・ニーロという俳優のシリアスな面、コミカルな面、シニカルそしてビターな面が余すところなく詰まっている最高傑作は、1988年に製作されたこの『ミッドナイト・ラン』を置いて他にない。主人公ジャック・ウォルシュ(デ・ニーロ)は元警官。シカゴのマフィアであるジミー・セラノからの買収を断ったことが原因で警察をクビになり、離婚もして、ロスの保釈金融(Bail Bonds:保釈金を立て替える会社)の取立人に落ちぶれている。会社から彼に、そのセラノの資産1,500万ドルを勝手に慈善団体に寄附してしまった会計士デューク(チャールズ・グローディン)の身柄を5日後の裁判までに確保せよ(そうしないと立て替えた保釈金は裁判所に没収されてしまう)との依頼が入る。さっそくウォルシュはニューヨークに飛び、デュークを捕え、そこからロスまでの4,000kmにわたる道のりを飛行機(すぐ降りた)、列車、バス、徒歩で行く。手錠をかけられた真面目な会計士デュークと、荒くれ者の元警官ウォルシュ。マフィア、FBI、もう一人の取立人という三者に追われながら、トラブルの連続を乗り越え、次第に相反する性格の2人の間に絆が生まれてくるという、まさにロードムービー、バディムービー*1の教科書のような本作である。まずもってデ・ニーロを光輝かせているのは、ジャック・ウォルシュの人となりである。粗野で皮肉屋な言動で覆い隠された、心の奥底にある正義感とやさしさ。まさに『粗にして野だが卑ではない』(城山三郎)が、デ・ニーロという俳優の真骨頂なのではないか。脇役も良い。全員、マヌケだ。ドジなもう一人の取立人、偉そうだが失敗ばかりするFBI、彼らを追うマフィアの手下2人組、そして。極めつけはドン、ジミー・セラ*1) DVD表紙画像参照ノ。失敗続きのマヌケ部下2人に電話し、おそらく80年代映画史上最高の名セリフを吐く。「おい、バカか。もう一人のバカを出せ。」想像してみて欲しい。仮に課長や主計官と2人で行った会館根回しから戻った矢先、局長からこんな電話が入ったら…。一体どんな顔して電話を代わればいいか。考えただけでも笑ってしまう。自分事でなければ。そして最高のシーンはラスト近くに訪れる。田舎町での激しいカーチェイス、銃撃戦の挙句に、デュークを別の取立屋に奪われたデ・ニーロ。ボロボロになって失意のうちに、近くのダイナーに入る。アメリカの国道沿いにどこにでもあるような小さなオンボロのダイナー。くたびれた感じのマスターが、ウォルシュの身なりを見て、語り掛ける。「Hard day ha?」(大変な日だったのかい?)「Hard week.」(今週ずっと大変だったよ。)「Yeah, I know what you mean.」(そうだろう、分かるよ。)くーっ。カッコ良すぎるのである。言葉少ない、まさに男の会話である。たったこれだけ、このやり取りの中に、デ・ニーロの魅力が凝縮されていると言っても過言ではない。結局、Midnight Run(=一晩で終わるちょろい仕事)のタイトルとは異なり、5日間かけて旅は終わり、すっかりバディとなった2人の感動のラストシーンで映画も終わる。ちなみに、最初に本作の映画化権を有していたパラマウントは、デュークの役柄を女性に変更するよう求めていたという。なるほど。トラブルにギャーギャー騒ぐだけのモデル級、露出多めの女が、反目しあっていた主人公と次第にいいカンジになり、ラストシーン近くで危機に陥った主人公を慣れない拳銃をぶっ放して助け、最後は二人が接吻をして終わる、という、まるでケルンの「1,000円弁当」のようなあまりにも完成された80年代映画の定番ありがち展開にならなかったことには、ほっと胸を撫で下ろすとともに、拒否した監督、ユニバーサルの英断に拍手を送るしかない。一方で、もちろんケルンの「1,000円弁当」は時代を超越した最高傑作であることは、また、言うまでもない。 ファイナンス 2018 Nov.45わが愛すべき80年代映画論連 載 ■ わが愛すべき80年代映画論

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