ファイナンス 2018年11月号 Vol.54 No.8
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評者財務総合政策研究所客員研究員廣光 俊昭小黒 一正/菅原 琢磨 編著薬価の経済学日本経済新聞出版社 2018年7月20日 定価3,000円(税抜)財政の行方を考える際、社会保障のあり方を切り離すことはできない。社会保障、とりわけ医療・介護の伸びは、今後とも経済全体の伸びに比べて高いものとなることが見込まれている。『薬価の経済学』の取り上げる医薬品は、この医療・介護のなかでも重要な部分を占め、昨今では、技術革新による高額薬剤の登場、製薬会社の世界的な再編などを通じ、一般の耳目を集めている*1。『薬価の経済学』の出版は時宜を得たものである。問題の多面性に目を配りつつ、統一的に問題を把握することは、編著の書籍においては難しい課題であるが、本書はその課題に的確に応えている。財政学者、医療経済学者、医薬品産業関係者、行政の担当者など多様な識者を一堂に集めることで、複雑に絡み合う課題の全体に目が届くよう構成されている。そして、編者である法政大学の小黒教授と菅原教授から示された、保険財政の維持と産業競争力強化を両立するという問題意識が全体を通貫することで、統一感のある一冊に仕上がっている。多面性への目配りの一例として、HTA(医療技術評価)の扱いを挙げることができる。評者は道徳哲学上の問題意識から、資源制約下の医療資源の配分に関心を持ち、その欧米での理論上の展開を扱ったBognar & Hiroseによる“The Ethics of Health Care Rationing”(2014)を紹介したことがある*2。本書でも第10章が様々な評価手法を理論的に整理しているが*3、これに加え、他の章(第2、5章)で、我が国の現行薬価制度において、費用対効果の考え方がどう取り入れられているか解説することで、外来の理論との橋渡しが図られている。このことは、外からの学習を活かしつつ、我が国におけ*1) 本評を準備中にも、本庶佑 京都大学特別教授にノーベル生理学・医学賞(2018年)を授与するとの報が飛び込んできた。*2) 本誌18年2月号書評欄*3) 慶應義塾大学の後藤准教授による、本章は様々な手法の特徴を理論的にわかりやすく整理している。欧米で評価基準としてQALY(質調整年齢)が重視されるようになった背景として、健康の価値の金銭評価への忌避を挙げていることなど、問題の理解を深める上で価値のあるものである。*4) 小黒教授によれば、例えば、入院の自己負担を2割、中リスクを4割、低リスクを6割との前提で試算すると、医科診療部分で1兆円ほどの財源になるとのことである(P.266)。るHTAを実践的に考察する前提条件となる。薬価差益やこれを生む流通機構(第1、3章)、製薬会社(第7、8、9章)などの産業構造の分析に大きな紙面が割かれていることも特徴的である。これら業界特有の構造は、関係者には周知の事実であり、断片的に報道の対象となることも多いが、マクロの議論では捨象されることがある。その割には、改革を実装する上で無視できず、本書がこれらの論点に与えているコンパクトな説明は有益である。問題の統一的把握を促す扇の要の位置を占めるのが、小黒教授による保険財政の視点から薬価制度改革を論ずる章(第12章)である。諸章の提言を踏まえつつ、本章では保険財政の持続可能性の観点から、「給付範囲の哲学の見直し」、具体的には、風邪等の軽度の疾病には自己負担割合を高める一方、重度の疾病には負担割合を低くすることが提案されている。また、年金のマクロ経済スライドを参考として、後期高齢者医療制度においても、その診療報酬への自動調整メカニズムの導入を検討するよう提案している。これら提案については、(類似のものを含め)巷間様々な議論がおこなわれている。そのなかで、本章の特徴は、我が国のデータを用い、これら制度の導入がいかなる効果を持ちうるか、数値を伴う具体的イメージを示していることにある*4。このような問題提起を通じ、制度見直しの議論が具体的におこなわれることで、理に適った見直しが進められることが望まれる。本書は、読者が医薬品の問題の持つ多面性を理解しつつ、問題を統一的に把握する一助になるものである。本書が多くの読者を得ることを期待したい。44 ファイナンス 2018 Nov.ファイナンスライブラリーFINANCE LIBRARYファイナンスライブラリーライブラリー

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