ファイナンス 2018年11月号 Vol.54 No.8
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まったかのような感覚を味わうことができる。「中山道ぎふ17宿」は「岐阜の宝もの」にも認定されている。そんな中山道を、ときには徒歩で、ときには自転車で、大体は自動車で辿ることにした。(1)馬籠宿馬籠の地名は、山中であったため、馬と籠が主な移動手段であったことに由来するという。馬籠宿と言えば島崎藤村。島崎藤村と言えば信濃の国、木曽の人。そんなふうに記憶をしているが、しかし馬籠宿は岐阜県に存在する。これは平成17年2月に、馬籠宿の所在する長野県山口村が岐阜県中津川市に越県合併したことによる。山口村は、もともと生活圏としては中津川市との結びつきが強く、住民アンケートなどを経て概ね順調に合併に至ったようだ。遠く昔を尋ねれば、山口村は中世には美濃の国であったことも影響しているのかもしれない。さて、岐阜中山道を歩くに当たっては、馬籠宿からスタートすることを強くお勧めしたい。理由としては、まず馬籠宿が素晴らしい。また、馬籠宿の標高が620m、中津川宿の標高が324m、この約300mの高低差を下っていくことができる(この急坂を、皇女和宮は上り、新撰組は下った)。さらに、馬籠宿へのアクセスが良い。馬籠宿に至るには、名古屋からJR中央本線に乗り、中津川駅で降りる(約1時間)。そこから1時間に1本は出ているバスで馬籠宿だ(約30分)。余談1:地方財政マニアの方しか関心がないと思われるが、長野県が山口村で実施した基盤整備事業に係る地方債の償還に要する費用は、岐阜県が長野県に現在でも支払っている。平成30年度予算では約5350万円である。余談2:岐阜県に越県合併した村として、他に石徹白村がある。1958年に福井県から白鳥町(現・郡上市)に編入された。もともと江戸時代には郡上藩領であったことも影響していると思われる。石徹白といえば石徹白の大杉。国の特別天然記念物に指定されている樹齢約1800年のおばけ杉であり、胴回りが13mというべらぼうな太さ。東海北陸自動車道白鳥ICを降りて、白山中居神社まで約45分。そこから、舗装はされているものの狭い道を6kmほど車で走れば白山登山口。石段を419段登れば大杉だ。なお、石徹白には、白山中居神社の宮司さんをはじめとして石徹白さんという名前の方が多くお住まいである。さて、歩き始めよう。馬籠宿に入ると、そこだけ時間が止まったかのような、「如何にも!」という街並みが始まる。五平餅を焼いている店があり、一つ所望する。五平餅は、NHK連続テレビ小説「半分、青い。」で全国区になったが、土地や店によって様々な形や味のものが存在する。ここのものは団子を3つ刺してあり、胡桃味噌を塗って香ばしく焼いてある。また歩くと、栗のソフトクリームを売っている。中津川市や恵那市は栗の産地として有名であり、島崎藤村の「夜明け前」にも、名物として「栗こわめし」が紹介されている。さらに歩くと、手焼きのおせんべいを売っている。またまた歩くと、手作りのおやきを売っている。店頭の表示をみると、日本語、英語、中国語、韓国語など、様々な言語で表示してある。「この一番下の文字は何語ですか?」と聞くとスペイン語とのこと。たしかに周りをみると、いろいろな国の外国人観光客の方々が、そぞろ歩きを楽しんでいる。どれもおいしく、食べることに夢中で、島崎藤村の生家(島崎家は馬籠宿の庄屋をしていた)は横目でチラッと眺めただけであった。ことごとく食べ物屋にひっかかって、このまま馬籠宿から出られないのではないだろうか、というおそれを抱き始めたころ、ようやく宿場の終わりに。ここから本格的に中山道歩きが始まるが、道に迷う心配はない。中津川市は、中山道について、砕石を混ぜた特殊な舗装をしてくれているため、一目でわかるようになっている。(2)落合宿馬籠宿から落合宿に至るまでの「落合の石畳」(約840m)が、岐阜中山道のハイライトと言っても過言ではないぐらい素晴らしい。長閑な農村地帯を歩いていくと、徐々に下り坂が始まり、森の中に入っていく。坂が急になっていき、九 ファイナンス 2018 Nov.25「清流の国ぎふ」からSPOT

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