ファイナンス 2018年10月号 Vol.54 No.7
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中央管理機関が存在しなくても決済が行われるような仕組みを築き上げている*13。もっとも、必ずしもどの仮想通貨もこれと同一の仕組みを採用しているわけではなく、仮想通貨によって採用する仕様は異なっている。したがって、仮想通貨により特徴・特色が異なっており、例えば第三者を介さずに契約をスムーズに執行することで注目されているスマートコントラクトの文脈ではイーサリアムなどの仮想通貨が、国際送金の文脈ではリップルなどの仮想通貨が挙げられることがある(小野、2017)。冒頭で述べたように、仮想通貨自体はまだ黎明から10年程度しか経っていない技術ではあるが、既に2千種類程度の仮想通貨が存在するとの報告*14もあり、近年の価格変動*15などとも相俟って、様々な方面から関心を持たれるようになってきている*16。3.既存研究の概要本節では仮想通貨市場の効率性や、仮想通貨市場における裁定機会の有無に関する既存研究を、種々の観点から紹介する。既存研究では非効率性を指摘する報告がある一方、効率性が増しつつあると主張する研究も少なくない。また、仮想通貨市場について裁定機会の存在を指摘する研究もあるが、最近ではその要因を、資本規制や国境などの制度面等で説明する研究が出てきている。3.1. 仮想通貨市場の効率性に関する既存研究についてビットコイン市場の効率性について最初に*17研究した論文はUrquhart(2016)である。同研究は、ビットコイン市場がウィーク型という意味で効率的で*13) このように、取引を集中管理する中央管理機関を設けない仕組みを築き上げた思想的背景に、プライバシーを重視し、暗号技術による社会変容を目指すサイファーパンク思想が反映されているとの指摘も存在する(林ほか、2017)。*14) https://coinmarketcap.com/に基づく(2018/8/31)。*15) 仮想通貨の時価総額は、2018/8/31時点では2千億ドル程度と報告されているが、2018年初には一時8千億ドルを超えたとの報告もある(https://coinmarketcap.com/に基づく。)。*16) 岩井克人教授は貨幣論の観点から仮想通貨を論じている(日経ビジネス、2017)。また、Proof-of-Workシステムに伴う電力消費についてはVries(2018)が論じている。*17) Tiwari et al. (2018)やWei(2018)は、Urquhart(2016)が最初にこのような分析を行った論文であると指摘している。*18) ウィーク型以外に、セミストロング型、ストロング型という分類がある。セミストロング型の効率性とは、市場価格にすべての市場参加者に知られている情報が反映されているという考え方であり、ストロング型とは私的情報も含めて市場価格に反映されるという考え方。もっとも、ファイナンスの研究において近年はこの分類を用いることは相対的に減ってきている。これらについてはCampbell et al. (1997)、Ang(2014)などを参照のこと。*19) 同論文では過去の情報でビットコインのリターンが予測できる可能性を示しつつも、データの後半部分を用いるとビットコインのリターンはランダムに近い状況になっていることを指摘している。*20) 流動性は4つの指標により測られている(取引額の対数値、turnover ratio(取引額対時価総額比)、Amihudの指標、Corwin and Schultz(2012)により提案されたbid-askの推計値)。流動性指標の詳細は服部(2018)を参照。あるかどうかを検証している。この手法はRoberts(1967)によって提唱された情報集合に着目した市場効率性の分類方法であり、ウィーク型の効率性とは過去の情報を用いて将来のリターンを予測できない状況を指す*18。直感的にいえば、市場が効率的であれば過去の情報に基づいて将来を予測できるような状況は投資家の裁定行動によって解消しているので(もし過去で将来のリターンを予測できるのであれば投資家はその情報を十分に利用するはず)、ウィーク型の効率性を検証するためには、過去のデータを用いて将来のリターンを予測可能であるか検証すればよいことになる。Urquhart(2016)は2010年から2016年のデータを用い、6つの統計手法を用いたうえで、ビットコイン市場は非効率であるとしながらも、市場が成熟するにつれて効率性が増しているとしている*19。その後、Urquhart(2016)を補完し、市場の効率性をサポートする研究が次々と発表される。Nadarajah & Chu(2017)はUrquhart(2016)を補完するため、8つの異なるテストを用いて、Urquhart(2016)と同じ仮説を検証しており、ビットコイン市場は効率的と指摘している。Bariviera(2017)およびTiwari et al. (2018)も、異なる手法を用いることで効率性をサポートする一方、Sensoy(2018)は高頻度データを用いて、ビットコイン市場の効率性が上昇していることを示している。Vidal-Tomas & Ibanez(2018)は金融政策及びビットコインのニュースを用いて、セミストロング型の効率性を検証しており、ビットコインのニュースに対しては効率的であるものの、金融政策のニュースについては影響を受けていないことを報告している。Brauneis & Mestel(2018)は主要73仮想通貨について分析し、流動性*20の高い仮想通貨の効率性は高く、特にビットコイン市場の効率性は高60 ファイナンス 2018 Oct.連 載 ■ 日本経済を考える

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