ファイナンス 2018年10月号 Vol.54 No.7
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(Fama, 1970)の中で、「価格が入手可能な情報を『完全に反映している』ような市場を『効率的』である」と定義したが*6、今日の経済学者は市場が完全に効率的であるとは考えていない*7。Grossman & Stiglitz(1980)によって理論的に市場効率性について疑義が呈されて以降(いわゆるグロスマン・スティグリッツのパラドックス*8)、イエール大学のロバート・シラー教授などにより実証的にも様々な形で効率的市場仮説は批判にさらされてきた。いうまでもなく、これまでの研究手法は仮想通貨市場においても適用することが可能であるがゆえ、ここ数年で矢継ぎ早に仮想通貨市場における市場効率性について実証研究がすすめられてきた。筆者らは、学術研究の知見は政策当局者を始めとする多くの実務家にとって有益であろうと考えている。金融規制などの政策議論を進めるうえで学術研究の成果を無視することはできないほか、特にファイナンスの分野では学術研究が直接ビジネスに直結することも少なくないからである。例えばGriffin & Shams(2018b)*9はブロック・チェーンの膨大なデータを解析した上で2017年のビットコイン市場における価格操縦の可能性を指摘しているが、本研究は仮想通貨業界を始め、アカデミックの世界以外にも注目されることとなった*10。本稿では必ずしも学術研究のトレンドをとらえることが容易ではないことに鑑み、その内容を簡易に提供することを企図している。本稿の概要は下記の通りである。2節で簡単に仮想通貨について概観し、3節では仮想通貨の効率性にかかる既存研究の紹介を行う。4節では筆者らの研究を紹介する。5節は結語である。*6) Campbell et al. (1996)を参照。*7) Ang(2014)や祝迫(2014)などを参照。*8) グロスマン・スティグリッツのパラドックスとは「すべての市場参加者の私的情報が資産価格に反映されてしまうとすると、市場参加者は私的情報に基づいて収益をあげることができないので、そもそも取り引きを行わないことになってしまいます。しかし、そうなると私的情報は資産価格に反映されないので、市場は効率的ではなくなってしまう」(祝迫2014,p.3)というパラドックスである。Grossman & Stiglitz(1980)と市場流動性の関係については服部(2018)を参照のこと。*9) 同論文の著者らは、米国株価のボラティリティ(変動性)に係る指数であり、投資家の不安心理を象徴する指標としても知られるVIX(通称、恐怖指数)についても、不正に操作されている可能性を指摘したことで知られている(Grifn & Shams, 2018a)。*10) このような学術研究は、アカデミックや仮想通貨の業界を越えて報道されている(例:Bloomberg, 2018/6/13, “Tether Used to Manipulate Price of Bitcoin During 2017 Peak:New Study,” written by Matt Robinson and Matthew Leising; Bloomberg, 2018/6/15, “Cryptocurrency Manipulation Study Is Underwhelming,” written by Aaron Brown)。*11) https://www.boj.or.jp/announcements/education/oshiete/money/c27.htm/*12) http://www.meti.go.jp/policy/it_policy/report/report_01/04/4_1_1.pdfにおいて「電子マネーの利用経験者が利用した電子マネー(複数回答)」のうち上位2つを引用。2.仮想通貨の概要既存研究の紹介の前に、仮想通貨の概要を掻い摘んで説明する。仮想通貨は、例えば日本銀行のウェブサイト*11によれば、以下のように定義されている。「仮想通貨」とは、インターネット上でやりとりできる財産的価値であり、「資金決済に関する法律」において、次の性質をもつものと定義されています。(1)不特定の者に対して、代金の支払い等に使用でき、かつ、法定通貨(日本円や米国ドル等)と相互に交換できる(2)電子的に記録され、移転できる(3)法定通貨または法定通貨建ての資産(プリペイドカード等)ではない代表的な仮想通貨には、ビットコインやイーサリウム*などがあります。*本稿内では「イーサリアム」との表現で統一している。仮想通貨は、SuicaやEdyに代表される*12前払式の「電子マネー」と同列に議論されることもある。しかしながら、SuicaやEdyを始めとする「電子マネー」については、一般的に利用記録を発行主体等が管理するサーバが集中的に記録する仕組みを採用しているのに対して、ビットコインを始めとする多くの仮想通貨については、そのような中央管理機関は存在していない。例えばビットコインに関して述べれば、ブロック・チェーンという仕組みに基づく分散型台帳システムを設けており、セキュリティ機能はマイナーと呼ばれる者が提供するコンピュータの計算能力に依存するというProof-of-Workシステムを採用することにより、 ファイナンス 2018 Oct.59シリーズ 日本経済を考える 82連 載 ■ 日本経済を考える

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