ファイナンス 2018年10月号 Vol.54 No.7
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過去の「シリーズ日本経済を考える」については、財務総合政策研究所ホームページに掲載しています。http://www.mof.go.jp/pri/research/special_report/index.html仮想通貨市場は効率的か*1財務省財務総合政策研究所客員研究員石田 良財務省財務総合政策研究所研究員服部 孝洋シリーズ日本経済を考える821.序説代表的な仮想通貨*2であるビットコインの運用が開始されたのが2009年であることに鑑みると、仮想通貨はまだその黎明から10年程度しか経っていない比較的新しい技術である。しかし、(1)2018年20か国財務大臣・中央銀行総裁会議声明において仮想通貨に言及した声明が発表されたこと、(2)国内外の銀行において銀行発行コイン*3の開発が進められていること、(3)仮想通貨の要素技術であるブロック・チェーンをフィンテックやその他分野に応用する取組みが盛んになってきていること*4など、既に様々な方面から注目を浴びていることもあり、マスメディアでも盛んに報道されていることから、今日では一部技術者だけでなく多くの人にその存在を知られるようになってきている。巷間の注目と軌を一にして、仮想通貨についての研究も、ビットコインを提唱したサトシ・ナカモトの論文(Nakamoto, 2008)を嚆矢に、情報工学や*1) 本稿は専ら研究目的で書かれたものである。本稿の意見に係る部分は著者らの個人的見解であり、著者らの所属する組織の見解を表すものではない。ありうべき誤りは全て筆者らに帰する。また本稿は、本稿で紹介する論文の正確性について何ら保証するものではない。本稿につき、コメントをくださった多くの方々に感謝申し上げる。*2) 本稿では、資金決済法における表現に基づき、一貫して「仮想通貨」の表記を用いることとする。もっとも、G20においては、法定通貨であるとの誤解を避けるため、暗号及び分散型台帳等で構成される民間金融資産全体を指し「暗号資産」の用語が用いられるよう整理されたことに留意(三好ほか, 2018)。また、我が国においても、仮想通貨について、(1)「法定通貨ではなく、国家の裏付けはありません」、(2)「価値の変動があります」と整理されていることに留意(政府広報オンライン, 2018/5/18,『「仮想通貨」を利用する前に知ってほしいこと。平成29年4月から、「仮想通貨交換業(仮想通貨交換サービス)」に関する新しい制度が開始されました』)。 なお、直近のG20声明文における該当部分は以下の通り。 「暗号資産の基礎となるものを含む技術革新は、金融システム及びより広く経済に重要な便益をもたらし得る。しかしながら、暗号資産は消費者及び投資家保護、市場の健全性、脱税、マネーロンダリング、並びにテロ資金供与に関する問題を提起する。暗号資産は、ソブリン通貨の主要な特性を欠いている。暗号資産は、現時点でグローバル金融システムの安定にリスクをもたらしていないが、我々は、引き続き警戒を続ける。我々は、FSB及び基準設定主体からのアップデートを歓迎するとともに、暗号資産の潜在的なリスクを監視し、必要に応じ多国間での対応について評価するための更なる作業を期待する。我々は、FATF基準の実施に関する我々の3月のコミットメントを再確認し、2018年10月に、この基準がどのように暗号資産に適用されるか明確にすることをFATFに求める。」*3) MUFGコイン(三菱UFJ銀行)、J‐Coin(みずほ銀行等)、Utility Settlement Coin(UBS等)などが知られている。*4) 証券取引所においてブロック・チェーンの応用が実証実験されたことや、ホンジュラスにおいて土地登記にブロック・チェーンを使う計画があることなどが知られている。最近では世界銀行がブロック・チェーンを用いた債券発行を試みていることが報道されている(Reuters, 2018/8/10, “World Bank taps Australia's CBA for blockchain bond,” written by Sonali Paul and edited by Shri Navaratnam)。*5) https://coinmarketcap.com/に基づく(2018/8/31)。決済システムを始めとする種々の分野で進められてきている。しかしながら、仮想通貨市場に関する経済学の研究の大宗は、仮想通貨の取引が活発化してから行われるようになったものと考えられ、ようやく一昨年辺りになってから相次いで発表されるようになってきていることから、そのような研究は一部専門家以外には、まだ十分には知られていない。仮想通貨全般に関するサーベイとしては既にBöhme et al. (2015)や石田(2018)などが知られているが、本稿は、足下で進みつつある仮想通貨市場に関する研究を、特に仮想通貨市場の効率性に照準を合わせることにより紹介し、もって時価総額が2千億ドルにも上る*5ともいわれる仮想通貨の市場について、経済学の観点から、より一層理解を深めることを目的としたい。経済学およびファイナンスにかかる学術研究において、市場が効率的であると考える効率的市場仮説についてはこれまで膨大な検証がなされてきた。シカゴ大学のユージン・ファーマ教授は古典的なサーベイ論文58 ファイナンス 2018 Oct.連 載 ■ 日本経済を考える

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