ファイナンス 2018年10月号 Vol.54 No.7
49/92

評者渡部 晶菅 正治 著本当はダメなアメリカ農業新潮新書 2018年6月 定価740円(税抜)昔、ゴルゴ13の「穀物戦争」(コミックス54巻 リイド社 1992年11月)を読み、強大な穀物メジャーに対して、自前での日本の穀物自給を目指して奮闘する商社マンの話にいたく感動したことがあった。今でも、米国の農業は、国際的でとてつもない競争力を持つというイメージが一般的に強いのではないか。ところが、著者の菅正治氏は、本書のまえがき冒頭で、「そもそも、米国の農業はそんなに強いのか。」と疑問を提起し、我々の通念に対して強烈なパンチを繰り出した。米国農業について「たしかに黒船は巨大である。しかし、船底にはたくさん穴が開いて沈没しかかっており、とても優雅で快適な航海ができる状態にはなかった。」という。菅氏は、時事通信記者で、1971年生まれ。2014年3月から18年2月まで米国農業の中心地シカゴ支局に勤務し、米国農業のありのままを見てきたという。現在は、時事通信のデジタル農業誌Agrio編集長を務める。また、過去には財務省も担当し、当時の粘り強い取材の成果をとりまとめた「霞が関埋蔵金」(新潮新書 2009年9月)は、財務省が開示する特別会計の財務情報に対して少なからず影響を与えた著作と記憶する。本書の構成は、まえがき、第1章農業で汚染される五大湖、第2章アメリカ農業の全体像、第3章遺伝子組み換えに吹く逆風、第4章嫌われ者、汝の名はモンサント、第5章オーガニックへとなびく消費者、第6章遺伝子組み換え作物と除草剤の二人三脚、第7章ミツバチが消える、第8章全米で吹き荒れる食肉工場への反対運動、第9章伝染病と抗生物質のいたちごっこ、第10章老化する農家、萎縮する移民、第11章農家に薬物依存と自殺が増えている理由、第12章TPP離脱というダメ押し、となっている。第1章では、米国農業の高い生産性が、肥料や家畜の排出物などで、五大湖やメキシコ湾の水質汚染を引き起こしていることを紹介する。第2章は、アメリカの農業生産額は世界第3位(2014年)で、中国、インドに次ぐ。日本は1991年には第4位であったものが、減反政策の影響で上位10位の中で唯一生産額を減らし、8位となっている例外的な国だという。米国の輸出額は世界1位で、1477億ドル(2013年)だ。2位のオランダには500億ドル以上の大差をつけており、「世界を食で支配している」といって過言ではないという。主要な輸出先は、2017年のデータで、カナダ、中国、メキシコ、日本、韓国という順番だ。農産物別では、大豆(大半が中国向け)、トウモロコシ(メキシコ・日本向け)となり、この2つの作物の存在が極めて大きいという。これらの飼料作物を安価に大量に調達できることが、アメリカの畜産業の競争力を支えているとする。そして、遺伝子組み換え作物(GMO)が9割。最近の焦点は、ゲノム編集作物の普及だという。第3章~第6章では、GMOの表示がアメリカで大きな政治的争点になっていることを述べる。また、遺伝子組み換え大手のモンサントの行動を分析する。第7章では、ミツバチの減少についてのオバマ政権の取組とトランプ政権の消極ぶりを伝える。第8章では、食肉工場の環境汚染を懸念して住民が反対を強め、新たな設置が難しくなっている状況を述べる。第9章では、家畜への抗生剤の使用が、欧州との摩擦を生じさせていることなどを解説する。第10章では、農家の高齢化が進むと共に、貴重な労働力となってきた移民への規制が農業を苦境に追い込んでいるという。第11章では、国際競争の中で小麦農家は苦戦しており、苦境打開の切り札として小麦での遺伝子組み換えが検討されはじめたとする。第12章では、TPPで牛肉は一番恩恵を受けるはずだったことを指摘する。アメリカの農業の現状についてコンパクトで有意義な1冊だ。一読をお勧めする。 ファイナンス 2018 Oct.45ファイナンスライブラリーFINANCE LIBRARYファイナンスライブラリーライブラリー

元のページ  ../index.html#49

このブックを見る