ファイナンス 2018年10月号 Vol.54 No.7
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節団の「特命全権大使 米欧回覧実記」(「特命全権大使 米欧回覧実記」、国立国会図書館蔵)によると、万博について「貿易ヲ盛ンニシ、政策ヲ励マシ、知見ヲ衆ニヒロムルニハ、切要ナル会場ニテ、国民ノ治安、富強ノ媒助トナス設ケナリ」として、万博の意義をとりわけ貿易拡大と、富国強兵と言う観点からとらえている。また、日本の展示品については、「我日本国ノ出品ハ、此会ニテ殊ニ衆人ヨリ声誉ヲ得タリ、是ソノ一ハ、其欧州ト趣向ヲ異ニシテ、物品ミナ彼邦人ノ眼ニ珍異ナルニヨル、其ニハ近傍ノ諸国ニ、ミナ出色ノ品少ナキニヨル、其三ハ近年日本の評判欧州ニ高キニヨル」ヨーロッパがどのように受け止めたのかについては、イギリスの雑誌「ブラック・ウッズ・マガジン」によると「日本の展示場であなたがたは、彼らの作品の驚くべき優秀性を実感できます。…有名な陶磁器の肌合い、描かれた花々の色彩、そして鳥たちのうぶ毛の色合いは、スタフォードシャーの陶工とおパリの芸術家たちの妬みと絶望をもたらす」とされた。そして、神社と日本庭園は大いに評判となり、展示物も飛ぶように売れ、うちわは1週間に数千本を売りつくした。皇帝フランツ・ヨゼフ一世と皇后エリーザベトも来場し、建設中の反り橋の渡り初めを行ったという。(ウィーン万博での日本庭園・神社、博覧会―近代技術の展示場、国立国会図書館蔵)4.フィラデルフィア万国博覧会更に、1876年のアメリカ独立100周年を祝うフィラデルフィア万博。ここでも、日本は国威発揚という目標を掲げ、総裁には大久保利通、副総裁には西郷従道が就任。1966点の展示品は、陶磁器を中心とする工芸品が主であり、漆器、扇、生糸、絹糸なども展示され、日本家屋や売店が建てられたという。日本の展示についての評価は、「1876年万博公式カタログ」によると、「鋳物、磁器、漆器、そして絹製品などの工芸品では非常に優れている。これらの作品のなかには、そのデザインとできばえにおいてヨーロッパの最上の作品に勝るものもある」とされた。このように、ジャポニスムは、19世紀の一連の万国博覧会が大きな契機となって広がったという。このため、日本からは美術品が海外に大量に流出。京都の清水寺の近くに清水三年坂美術館を建てた村田製作所の創業者の二男、村田理如氏によると、「明治以降、日本は急速に欧米の文化を取り入れ、…幕末・明治の美術品に関心を持つ人がほとんどいなくなってしまったのです。…高額な名品は海外に流出していくのです。一方、海外で一番人気のある日本美術は何かというと、それは幕末・明治の美術品です。」という。日本美術の魅力の欧米諸国への発信により2015年に文化庁長官賞を受けたフランス人美術史家ソフィー・リチャードは、この美術館について「日本では余り知られていない幕末~明治の美術品に光をあて、大量に海外に流出してしまった作品を展示。…コレクションはその質の高さも、種類の豊富さも、現存する中で最高に素晴らしい」という。この美術館で、当時の超絶技法の印籠や根付けなどを見ると、当時の美術品の海外での人気にも納得。(2)旅行記とジャポニスムまた、当時、多くの人々が世界を旅し、開国した日本にもやって来て、旅行記を残している。多くの日本旅行記は、日本への憧憬を搔き立てることとなった。例えば、オーストリア・ハンガリー帝国の外交官、世界旅行家のアレクサンダー・F.V.ヒューブナーの1873年の「世界周遊記」によると、オールコックの「大君の都」、ローレンス・オリファントの「エルギン卿の中国・日本使節記」、ルドルフ・リンダウの「日(岩倉具視は、ウィーン万博を視察した、「近代日本人の肖像」より、国立国会図書館蔵) ファイナンス 2018 Oct.39日仏友好160周年を迎えた文化交流(上) SPOT

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