ファイナンス 2018年9月号 Vol.54 No.6
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ネットワークは安定的かつ頑健性を持つと結論づけられている。以上の議論より、一度ネットワークとして築いた生産拠点を変更することよりも、維持することの方がコスト削減となるという判断を企業が下す傾向があることが推測される。他方、需要ショック、供給ショックで異なる企業行動を示す傾向も確認することができる。Ando and Kimura(2012)は、金融危機のような大規模な需要ショックはその被害の規模や期間について1企業がコントロールすることは不可能であることから、被害の甚大さや長期化を見越して生産ネットワークの構造自体を変化させようとするモチベーションが存在することを指摘している。一方で、清田(2015)は、本節で紹介した実証研究の問題点を指摘している。企業内の生産ネットワークに組み込まれている貿易と純粋な市場取引による貿易の判別ができていない点と、外的ショックを受けた場合とそうでない場合を同時に経験できないが故に厳密な意味での両者の比較を行っているわけではないという点に言及している。しかしながら、このような課題は残されているものの、国際生産ネットワークを通じた機械部品の貿易が外的ショックに対して安定性を示していることは確かであり、清田・神事(2017)は、直接投資を通じた生産拠点の分散化が企業の不確実性への対処に貢献していると述べている。6.まとめ本稿では、日本の海外直接投資の分類、および主に東アジアで展開される国際生産ネットワークに関する諸議論について紹介してきた。近年日本の海外直接投資は増加の一途を辿っており、それに伴い日本の多国籍企業の存在感は増している。このように経済が進展する中、伝統的な直接投資の理論的概念では現実を捉えられなくなってきたことが指摘された。そこで直接投資を理論的に整理する際に用いられてきた水平的・垂直的直接投資という伝統的な概念を超えた、ネットワーク型直接投資の存在が確認されるに至った。この日本企業のネットワーク型直接投資はコスト削減という企業の合理的な行動の結果であるフラグメンテーションとして拡大し、結果として東アジアにおける国際生産ネットワークの構築に成功した。しかしながら、この国際生産ネットワークにも隠れたリスクが存在する。これが生産工程の国境を越えたネットワーク化によって顕在化した、自然災害などの外的ショックに直面する頻度の上昇である。国境を越えて生産工程をネットワーク化させることで、ある国で発生したリスクイベントから受けるダメージを分散化して復旧コストを抑制する一方、各国の需要へのショックだけでなく供給へのショックをも被る可能性が高くなるということが想定される。そこで、外的ショックにより生産ブロックがダメージを受けた場合、企業は一度構築したネットワークを復旧させる行動を選択するのか、あるいは別の新たなネットワークの構築を試みるのか、という疑問が浮かぶ。その点に対して近年の実証研究は、外的ショックに対する力強い回復力を確認しており、とりわけ東アジアの国際生産ネットワーク内における貿易取引の安定性・頑健性の高さを確認している。すなわち、外的ショックによりダメージを受けた生産ブロックを回復させることが合理的と企業が判断して、一度構築したネットワークを継続させようとするインセンティブが働いているということが多くの研究で確認されているのである。ここまで議論してきた国際生産ネットワークの形成メカニズムであるフラグメンテーションは貿易政策にも大きな変化を与えてきた。木村・安藤(2016)は、フラグメンテーションの進展により、従前までの関税撤廃・削減を目的とした貿易交渉から、サービスや投資の自由化、知的財産権の保護等の国際的なルール構築を中心とした交渉が求められるようになったと指摘している。最初に確認したように我が国の直接投資は増加傾向にある。今後もこの傾向が継続するならば、国際生産ネットワークへの政策的関心は益々高まることが予想される。したがって、本稿でサーベイした経済学における国際生産ネットワークの分析は、さらなる重要性を持つことだろう。参考文献[1]安藤光代(2012)「第5章 東アジアにおける生産・流通ネットワーク:その安定性と回復力」, 馬田啓一・木村福成編著『国際経済の論点』, 文眞堂[2]大久保敏弘(2016)「第1章 世界金融危機と生産ネットワーク」, 木村福成・大久保敏弘・安藤光代・松浦寿幸・早川和伸編著『東アジア生産ネットワークと経済統合』, 慶應義塾大学出版会[3]木村福成・安藤光代(2016)「第9章 多国籍企業の生産ネットワーク 新しい形の国際分業の諸相と実態」, 木村福成・椋寛編著『国際経済学のフロンティア グローバリゼーションの70 ファイナンス 2018 Sep.連 載 ■ 日本経済を考える

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