ファイナンス 2018年9月号 Vol.54 No.6
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きた。主に、アジア通貨危機(1997~1998年)・リーマンショック(2008~2009年)、東日本大震災(2011年)の3つのイベントを題材とした実証研究が蓄積されている。しかしながら、それぞれショックの源泉が異なることに注意したい。アジア通貨危機およびリーマンショックは、前者は主に東アジアでの、後者は主に米国・欧州市場での需要減を引き起こした需要ショックとして分類できる。一方、東日本大震災は、被災地での生産工場の稼働停止という事態を招いた供給ショックとして分類することができる。以降では各ショックを題材とした文献を紹介していく。まず、需要ショックとして分類したアジア通貨危機に関する研究を紹介しよう。代表的な研究としてはObashi(2011)が挙げられる。上述のObashi(2010)と同様の推定方法を用いてアジア通貨危機の影響を分析している。分析より、通貨危機の影響を考慮しても、アジア域内における機械部品の貿易は完成品と比較して長期間継続される傾向が確認された。また、このショックの影響を受けた部品・中間財貿易は、完成品等他の品目の貿易に比べて迅速に回復したことが確認された。また、同じく需要ショックとして分類したリーマンショックに関する実証研究については、Ando and Kimura(2012)、Okubo, Kimura and Teshima(2014)が代表的な研究である。Ando and Kimura(2012)は2007年1月から2011年10月までを対象に、機械部品の貿易がどの程度安定的なのか明らかにすべく、通関ベースの財務省貿易統計を利用してサバイバル分析を行った。この分析は金融危機のような大規模なショックを考慮しても生産ネットワーク内の機械部品の貿易が安定的だったことを明らかにしている。また、機械部品輸出、とりわけ東アジア向けの輸出において、危機に際し途切れてしまった輸出取引の復活確率が高いという結果も得ている。Okubo, Kimura and Teshima(2014)は、日本の製品レベルの輸出データ(財務省貿易統計)に対するサバイバル分析を用いて、リーマンショックにおけるアジアの国際生産ネットワークの頑健性を観察した。結果としては、アジア諸国との貿易が輸出市場から脱する可能性が低いこと、そしてたとえ一度途切れても貿易関係は復活する可能性が高いということを確認した。最後に、供給ショックとして分類した東日本大震災であるが、Ando and Kimura(2012)、Todo, Nakajima and Matous(2015)が代表的な研究として挙げられる。Ando and Kimura(2012)は、上述のリーマンショックと同様の方法で東日本大震災が日本の輸出に及ぼしたインパクトを観察している。この論文では、生産ネットワークを通じた機械部品の貿易は、危機の影響を受けながらも完成品貿易と比較して安定的だったことだけでなく、東日本大震災よりもリーマンショックの影響の方が甚大であり、かつ長く残ったとも指摘している。Todo, Nakajima and Matous(2015)は、東日本大震災の被災地における企業を対象とした調査によるデータを用いた分析を行っている。前述のタイの大洪水の例のように、サプライチェーンの繋がりによって被害が軽微であった企業や被災地外の企業でさえもが間接的な負の影響を受け、操業停止に至った例は多い。一方で、多様な生産ネットワークを持つことで、取引相手の代替や、取引先からの支援を通じて被災地企業の復旧が早まった例もある。この論文では、企業が取引する被災地域外の取引先企業数が多いほど操業再開が早くなり、被災地域内の取引先企業数が多いほど中期的な売上高の回復が早くなる傾向にあることを確認した。すなわち、上述した復旧に対するサプライチェーンの負の効果は、かなりの部分を正の効果によって吸収される可能性が示唆された。以上の分析結果より、生産ネットワークの深化は、災害に対する企業の強靭性の強化に繋がると結論づけている。以上の実証研究から、東アジアとの機械産業の貿易、特に部品・中間財貿易は非常に頑健であり、様々なリスクイベントに直面しても取引が継続されるか、あるいは他の製品よりも早く貿易を回復させることが明らかにされた。このように、生産ネットワークは、外的ショックに対する脆弱性を露呈したというよりは、むしろ力強い回復力が証明されたと安藤(2012)も指摘している。これは、木村・安藤(2016)によると、生産ネットワークは一度構築されるとそれを維持しようというインセンティブが生まれることや、ネットワーク内のある工程が途切れてしまうと生産工程全体が止まってしまう可能性もあるため、早急に復旧させようとする力が働くということが理由であると考えられている。このことから、多くの研究では生産 ファイナンス 2018 Sep.69シリーズ 日本経済を考える 81連 載 ■ 日本経済を考える

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