ファイナンス 2018年9月号 Vol.54 No.6
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水による直接的な被害を受けなかったとしても、サプライチェーンを介して負の影響が伝播したことで、間接的に損害を被った企業が数多く存在することが確認された。このような例から推測できることは、コスト削減という合理的な行動によって形成された国際生産ネットワークは、従来1国にのみ存在していた生産ブロックが複数の国に移転することによって、生産プロセスの一部がリスクイベントに直面する確率が上昇すること、そしてそのリスクイベントによるショックがネットワークを通じて他の生産ブロックに影響を与えうるということである。国際生産ネットワークの持つ、外的ショックへの耐性に関してはいくつかの推測ができる。例えば、ある製造業企業が数ヵ国に工場を置くと仮定しよう。従前はある製品製造に関する全工程を日本国内において行なっていたものを、その内の数工程(上述の生産ブロック)を切り出し、外国へ工場として移転させるとする。このとき工場移転前においては、外的ショックとしては金融危機などのグローバルな需要ショックは不可避であろうが、自然災害などの供給ショックについては日本国内のリスクイベントに限定されていたと言える。しかしながら、他国へ生産ブロックを移転させたことで他国にて発生する供給ショックをも被る可能性が高まったことが推測される。他方で、工場移転前において日本国内にて震災などの外的な供給ショックを受けた場合は、全ての製造工程を復旧させる必要があった。しかし、工程の一部を切り出すことで工程を回復させる対象が減少し、復旧に要する時間的ロスは小さくなるという側面も考えられる。すなわち、各国の(金融危機などの)需要へのショックだけでなく(自然災害などの)供給へのショックをも被る可能性が高くなるという側面も持ちつつも、一方である外的供給ショックによりダメージを受けた生産工程を復活させるコストが全工程でない分比較的低水準に抑制できるという側面も国際生産ネットワークの有する特徴として想定できる。それでは、上記のように推測される特徴を考慮したとき、外的ショックにより生産ネットワークが負の影響を被った際には、企業はどのような対処を取るのだ*8) 生産ネットワーク内の取引について、大久保(2016)は、「フラグメンテーションに関連する貿易は多様な中間財や部品が多く、これらはオーダーメイドの特注品も多く、取引はある種の「関係特殊性」を持っている」と言及している。ろうか。被害を受けた生産ネットワークを維持しようと行動するのだろうか、あるいは新たなネットワークの構築を模索するのだろうか。これは国際生産ネットワークが外的ショックに対して安定的・頑健的であるか、という疑問に置き換えることができるだろう。この疑問に対しては各企業のコスト削減という合理的な経済活動の側面から検討可能であり、次節ではこのような問題意識に対する検証を行った近年の実証研究を紹介していく。5.近年の実証研究本節では、前節で取り上げた東アジアにおいて構築されている国際生産ネットワークの持つ安定性・頑健性に関して、近年蓄積されている研究を紹介する。前節で述べたように、国際生産ネットワークはコスト削減という企業にとってのメリットを有している一方、外的ショックへの耐性という点でいくつかの懸念も抱えている。この懸念事項について、清田(2015)は、直接投資を通じて生産拠点の分散化を行うことで、自然災害や金融危機などの外的ショックを緩和することができると指摘している。具体的な実証研究を挙げると、Obashi(2010)は、東アジア諸国の生産ネットワークがどの程度安定的かを1993~2006年の貿易統計(国連商品貿易統計データベース(UN Comtrade)のアジア諸国における機械産業データ)を利用して分析している。この研究では、各製品の貿易がどの程度の期間継続しているかを明らかにするため、サバイバル分析という手法を用いている。分析の結果、東アジアにおける機械部品の貿易は、完成品の貿易と比較して長期的かつ安定していることを明らかにした。この結果について安藤(2012)は、東アジアに形成された生産ネットワーク内の機械部品貿易は、それに参加できる立地や企業が厳選されることや、いったん形成されれば関係特殊的な取引*8が行われることから、(完成品等の)他の貿易商品と比較して安定的である点を指摘している。また、具体的なリスクイベントごとにネットワークの持つ安定性・頑健性を観察する実証研究も行われて68 ファイナンス 2018 Sep.連 載 ■ 日本経済を考える

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