ファイナンス 2018年9月号 Vol.54 No.6
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間、あるいは途上国同士の間で工業製品の産業内貿易が増加している点がとりわけ特徴的であることもこれらの研究は示唆している。3.フラグメンテーションの概要*6本節では、前節で述べたネットワーク型直接投資の拡大が国際生産ネットワークの構築を促進した背景について検証する。国際生産ネットワークの形成過程に関する一定の概念枠組みを提示したのが、Jones and Kierzkowski(1990)によって提起され、Kimura and Ando(2005)によって拡張されたフラグメンテーション理論だと言われている。欧州においては経済統合に伴い、生産形態として産業集積が促進されたと認識されている。一方、東アジアでは、国境を越えた工程間分業が発展してきたと言われている。この工程間分業の形成メカニズムを説明するのがフラグメンテーション理論である。この理論において重要となる概念が、生産ブロックとサービス・リンク・コストである。生産ブロックとは、ある製品の生産工程の一部分を切り出したものと定義する。木村・安藤(2016)によると、この生産ブロックは狭義の生産機能を持つものに限定されない、すなわち、「研究開発あるいは財務など一定の機能を単位とするものや、卸売・小売といった流通を担うもの」も含む概念であると言われている。フラグメンテーションは、各生産ブロックを国境を越えて分散配置させる。この分散配置された生産ブロック同士を結び付けるものがサービス・リンクであり、部品・中間財の輸送や連絡等の作業が該当する。したがってこのコストには部品等の輸送費や電気通信費などが含まれるが、これらをサービス・リンク・コストと呼ぶ。フラグメンテーション理論は、利潤最大化を目的とする企業のコスト削減という合理的な行動を仮定したとき、各生産ブロックにおける生産コストを削減できること、および輸送コスト等のサービス・リンク・コストが十分に低いこと、という2つの条件が満たされると、企業は生産のフラグメンテーション(すなわち、生産工程の細分化に伴う生産活動拠点の分散立*6) この節の説明は主に木村・安藤(2016)を参考にしている。*7) タイの大洪水の被害状況等、詳細は日本貿易振興機構(2012)を参照されたい。地)という選択肢を取る、と説明する理論である。このフラグメンテーションは、1980年代以降情報通信革命が進行する中、上述のサービス・リンク・コストの低下が主な背景となって生じてきた現象だと言える。このように、フラグメンテーションの結果として国際生産ネットワークが構築されることが理論的に示されたのである。4. 国際生産ネットワークが直面する リスク前節において、国際生産ネットワークは多国籍企業がコスト削減というモチベーションのもと、ネットワーク型直接投資を通じて構築してきたものであることを確認した。しかしながら、一見企業の合理的な選択によって構築されてきたと考えられるネットワーク構造にも懸念されるべき点が存在する。例えば、生産工程のネットワーク化を行うことで、各国において発生しうる自然災害をはじめとするリスクイベントに直面する可能性が大きくなると考えることができないだろうか。自然災害の具体的な例として、木村・安藤(2016)では2011年に発生したタイの大洪水を取り上げている。2011年10月に発生したタイの大洪水は現地の経済だけではなく、生産ネットワークや日本企業に多大な影響を与えた。なぜならば、被害にあった工業団地などで多くの日本企業が生産活動を行っており、また東アジアにおける生産ネットワークの中で重要な役割を果たしている工場が多数立地していたためである。日本貿易振興機構(JETRO)によると、洪水により冠水した工業団地は7カ所で約800社が被害を受けており、そのうち日系企業は約450社に上った*7。この災害を受け、JETROバンコク事務所は洪水の被害を受けた日本企業192社を対象としたアンケート調査を行い(内133社より回答有り)、被害状況をまとめた。その結果によると、製造業企業については、自社ではなく供給元や調達元、もしくはサプライチェーンの一部が被災したことで工場が稼働停止に追い込まれた等の間接的な被害を受けたと答えた企業が約40%に上ったことが判明した。このことから、洪 ファイナンス 2018 Sep.67シリーズ 日本経済を考える 81連 載 ■ 日本経済を考える

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