ファイナンス 2018年8月号 Vol.54 No.5
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コラム 海外経済の潮流113大臣官房総合政策課 海外経済調査係 保倉 拓人米国の住宅市場の動向米国の住宅投資がGDPに占める割合は3~5%程度と大きくないが、建築資材はもとより自動車、家具、家電といった耐久消費財まで幅広い産業に影響を及ぼしている。住宅価格が下落し始めた2006年から金融危機後の2010年までは、GDPの下押し要因となっていたが、住宅価格が落ち着きを取り戻した2012年以降では、寄与度ベースで平均して+0.23%程度で推移しており安定的に米国の成長率を支えてきた【図1】。米国の住宅価格については、広く20都市の中古住宅の価格調査を行っているS&P社のケースシラー住宅価格指数が有名である*1。住宅価格は、緩和的な金融環境や雇用の改善を背景に上昇を続けており、現在、金融危機後のピーク時を上回る水準まで上昇している【図2】。住宅市場が活況を呈して、総合指数が最も高かった*22006年7月を100として直近2018年4月の値を指数化してみると【図3】、調査対象の20都市中10都市では、中古住宅は2006年7月を上回る価格で取引されていることが分かる。また、上回ってはいないものの、当時の過熱した住宅価格に近い価格水準で取引されている都市も存在する。次に家計が抱える債務残高の推移をみると【図4】、*1) ほかに、米国連邦住宅金融局(FHFA)が公表するFHFA住宅価格指数もよく知られているが、これは全米を9つの地区に分け、地区ごとの価格調査を行うものである。本稿では、より細かい地域ごとの価格動向を知ることができる、ケースシラー住宅価格指数を用いた。*2) 数種類公表されるケースシラー住宅価格指数の内、全米を対象とした全米住宅価格指数(総合指数)を基にしている。債務の総額は、サブプライムローン問題が顕在化した2007年頃の水準を上回っている。債務総額の内、住宅ローン債務のみに注目しても、当時の水準に迫りつつあることが分かる。このような状況を背景に、住宅価格の高騰を懸念する見方も一部に存在する。しかし一方、サブプライムローン問題をきっかけとして家計のバランスシート調整が進んだ結果、家計の債務残高の可処分所得比(=家計債務残高/可処分所得)が、当時の水準より低位で推移していること【図4】や、住宅ローン債務の返済の延滞率は金融危機時よりも低い【図5】ことなどから、家計が無理な借入によって住宅ローン債務を抱えて、住宅市場や金融市場の信用不安を引き起こした当時とは家計の状況が異なるとの見解がある。加えて、現在の住宅価格の上昇は、低い在庫水準【図6】や低い持ち家比率(=持ち家世帯/全世帯)【図7】を背景とした実需の裏付に基づいた価格上昇である、との意見も存在する。上述のとおり、現状の住宅市場についての見方は一様ではないことから、住宅市場がどのような方向に向かっていくのか、その動向を引き続き注視していく必要があるだろう。(注)文中、意見に係る部分は全て筆者の私見である。【図1】需要項目別の実質GDP成長率1.8▲0.3▲2.82.51.62.21.72.62.91.52.3▲6.0▲4.0▲2.00.02.04.00708091011121314151617住宅投資政府支出純輸出在庫投資設備投資個人消費実質GDP成長率(前年比:%)(出所)米商務省【図2】住宅価格7090110130150170190210909294969800020406081012141618(注)S&Pケースシラー全米住宅価格指数(出所)トムソンロイター2018.4200.92006.7184.668 ファイナンス 2018 Aug.連 載 ■ 海外経済の潮流

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