ファイナンス 2018年8月号 Vol.54 No.5
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エ.北朝鮮:金正恩国務委員長金委員長は去年11月29日に火星15号を発射し、「核戦略完成」を宣言しました。火星15号の射程は1万3千キロと言われています。このことは、南米以外はその射程内にあることを示しています。なぜ1万3千キロが重要かというと、首都ワシントンD.C.に届くからです。政治的威嚇手段としては、サンフランシスコやロサンゼルスに届くだけでは不十分なのです。金正恩にとっての「復活」は尊敬してやまない祖父金日成があと一歩のところで果たし得なかった朝鮮半島の統一をいつかは実現したいということでありましょう。金正恩としては、首都ワシントンが核ミサイルで灰になりたくなかったら、今度は朝鮮半島統一を邪魔するな、と威嚇するためにずっと核開発を続けてきたのではないか。金正恩は戦略的に長けた人物だと思います。核開発は彼にとって最大・最終的な目標です。北朝鮮のGDPは韓国の80分の1ですが、核開発のために人民の生活向上を犠牲にして膨大な国家予算をつぎ込んできました。こうした中で金正恩が突然国際協調主義に目覚めて「核開発を止めます」と言うとは思えません。では今の微笑外交は何か?「時間稼ぎ」だと私は思います。金委員長は今に至るシナリオを昨年夏くらいからずっと考えていたのでしょう。11月29日の火星15号発射後、金正恩は「これで我々は核国家として完成した」と宣言します。あと一歩で核開発が完成するところまで来ているのに、ここで米国から攻撃されたのではたまらない、ということで、11月29日の宣言を出して、北朝鮮はもう核兵器を持っているから、今さら妨害は無用だぞと米国に示し、そして平昌五輪に妹の金与正を派遣し、韓国の文在寅大統領に抱きついて、文在寅からの特使派遣を得て、その特使がトランプ大統領を訪れたのです。ここまではシナリオ通りでした。ところが、トランプ大統領の方が「会おう」と飛びついてきました。予想外のことです。その後、習近平は金正恩を呼びつけます。自分たちが北朝鮮をコントロールしているのだ、ということを世界に示すためです。金正恩としても、トランプと会うにあたり、中国の後ろ盾が必要だったので、習の呼び出しに応じて、悪化していた中国と北朝鮮の友好関係を演出して見せたのです。例えば、バスの運転席に金正恩が座っていて、文在寅が車掌役として、みなさんいらっしゃいと呼びかける。金正恩のすぐ後ろには習近平が指導官として立っています、最初に喜んで乗り込んできたのがトランプです。後ろの方には心配顔の安倍首相と仏頂面のプーチンが乗っている。この金正恩のバスには「対話路線バス」と書かれていますが、このバスは結局目的地には行けないのではないか。4月20日に金正恩は「ICBMの開発凍結、ミサイル発射実験の中止、プンゲリ核実験場の閉鎖」を労働党の委員会で発表しました。これも非常に巧妙です。実質的には中身のない内容です。すなわちICBMの廃棄ではなく、凍結です。今ある現状で固定するという合法化です。プンゲリ核実験場の閉鎖にしても、すでに6回も核実験を実施しており、内部の坑道は壊れかかり、残留放射性物質で人が立ち入れない状況になっているはずです。ここはいずれにしても閉鎖しなければならない。この発表に対して、トランプは「BIG PROGRESS」であるとツィートしましたが、金正恩はトランプを手玉に取っているような感じです。結局、今の国際情勢は、金正恩が心配した去年の秋より、ずっと北朝鮮に有利に展開している。トランプとして北朝鮮に軍事行動をとれる余地は国際的に小さくなっています。トランプはこれから北朝鮮との交渉に入りますが、彼が思うような結果は得られないでしょう。米朝会談が実現すれば、金正恩にとっては大きなご褒美になります。大国である米国と対等な立場で小国である北朝鮮が交渉するのです。交渉が失敗したとしても、「将軍様は米国相手によくやった。」と北朝鮮国内では賛美される。でもトランプの方はそうならない。素人の外交とはこんなものだ、それ見たことか、と米国内で袋叩きにあうでしょう。だから交渉を成功させなければならないのはトランプの方なのです。そのために必要な妥協は彼の方がしなければならない。金正恩が巧妙なのは、トランプとの交渉の前に62 ファイナンス 2018 Aug.連 載 ■ セミナー

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