ファイナンス 2018年8月号 Vol.54 No.5
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えたばかりではなく、応募する層も広がり、真剣度も増したことでした。まずチーフ・エコノミストと次長2人の面接がありました。前回述べた経緯で自分が採用面接の議長を務めましたが、応募者の質の高さは目を見張るものがありました。その能力、経験、人格、統率力などを見ていると、自分がこのポストに応募してもまず採用されないだろう、組織が海のものとも山のものと分からない5年前だから所長になれたのではないか、と思うくらいのレベルの者が多数応募していました。わずか前にAMRO(国際機関)の仕事とすることが確定した通貨危機の予防・対処に関する事務局機能についてすら、その課題とロードマップを語る者もいました。欧州通貨危機への対処へ実際に携わった経験から東アジアでの準備を提言をする者もいました。シンガポールの民間法人と国際機関では、応募しようとする人が理想なり構想なりを実現しようとするにあったっての「器」の大きさや確かさについてどう受け止めるかが大きく変わっていることが分かりました*5。受け止め方が変わったのを実感した第二の例は、東アジア以外の地域からAMROの見解を聞かれる事例が増えたことです。一例を上げると、国際機関になった直後に、米国の連邦準備制度理事会からパウエル理事(当時)他のAMROへの来訪があり、アジアの金融市場の動向についてヒアリングを受けました。前年暮れの利上げ後、米ドルの流動性に関して、理事会メンバー自身がアジアにも足を運びレーダー・スクリーンを広げている姿勢が伺われました。個人的に驚いたのは、4年近く東アジア各国を回り、「国際機関になると世の中の扱いが変わります」と説いていた訳ですが、それが国際機関移行のわずか1か月後に実現したことでした。AMRO創設直後の2012年に、国際機関化よりも経済の調査分析を優先していた自分の姿勢も反省させられました。2012年にASEANと日中韓の財務大臣と中央銀行総裁は「国際機関化に向けた準備を加速すること」を、事務的な準備がないのに強引に宣言しました。4年たってみて、鉄は熱いうちに打てというか、物事は勢いが付いた時にどんどん進めていくべしという判断からの大局的な構想に基づくものだった、ということ*1) 挨拶の全文は次のHPを参照ください。 http://www.amro-asia.org/farewell-remarks-by-dr-yoichi-nemoto-amro-director-at-the-asean3-nance-ministers-and-central-bank-governors-meeting/*2) アジアだからという訳ではなく、例えばWTO(世界貿易機関)の事務局も(紛争解決手続きを除き)前者的位置付けにあると理解されます。 佐藤哲夫教授は、国際機関として先行的な国際連盟と国際労働機関(ともに第一次大戦後創設)について、事務局の長が独立的な役割を果たすかどうかの点において対照的だった(前者は抑制的、後者は積極的)のは、組織の性格と加盟国の姿勢によると分析しています。『国際組織法』(有斐閣、2005年)、236-239頁参照。*3) 自分の任期中も、自分の方針が不満の場合や自分が特定国の要求に従わない場合、アジアの当局者が、日本の財務省、日本銀行の幹部に言い付ける事例がありました。 自分の知る限り、日本側は、「お話は承りましたが、貴政府からAMROに対してよく説明してください、国際機関であるAMROの所長に対し、当方から何らかの個別の指示をすることはあり得ません」と、入り口で断る応答だったと聞いています。*4) AMRO設立協定第5条C項「AMROは(中略)目的及び業務を達成するため、独自に、かつ、加盟国の不当な影響を受けることなく4444444444444444444444、その目的及び任務遂行のために望ましいと認める報告を準備する(後略、傍点筆者)」*5) その観点から東アジアに存在する(経済、金融系の)国際組織をみると、ADBが例外であることが分かります。 例えばASEANは1967年に東南アジア5か国で形成され、事務局も1976年にジャカルタに設置されましたが、ASEAN事務局が条約の裏付けのある国際機関となったのは32年後の2008年のことです。APEC(事務局設立は1993年)を始めとして多くの組織が、国際機関への歩みの途上にあります。写真、米国連邦準備制度理事会パウエル理事(現議長)とウィリアムソンSF連銀総裁(現NY連銀総裁、肩書はともに当時)とAMROとの面談(2016年3月)写真提供AMRO ファイナンス 2018 Aug.55国際機関を作るはなしASEAN+3マクロ経済リサーチ・オフィス(AMRO)創設見聞録連 載 ■ 国際機関を作るはなし

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