ファイナンス 2018年8月号 Vol.54 No.5
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る。右辺の第三項は退出企業の貢献、第四項は、参入企業の貢献である。その分解の結果は表1の通りである。Autor et al. (2017)、Böckerman and Maliranta(2012)と同様、betweenの貢献が大きい。つまり、産業内で一様の低下ではなく、一部の企業の労働分配率の低下が産業の労働分配率の低下を招いているといえる。また、ここでは労働と資本の代替の弾力性を推定しているわけではないが、Karabarbounis and Neiman(2014)の指摘したように資本財価格の相対的な低下が原因なのであれば、各産業内で一様に労働分配率は低下するはずであるため、資本財価格の相対的な低下が労働分配率の低下の要因ではないといえる。では、どのような企業が労働分配率の低下を見せているのか。簡単な回帰分析を行い、どのような企業の特徴と労働分配率の低下が相関をもっているかをみたのが表2である。推定結果から、労働分配率の低下と産業内でその企業が占める付加価値シェアの増加は有意な負の相関を見せていないことがわかる。したがって、Autor et al. (2017)のように、市場独占度の増加が労働分配率の低下と相関を見せているという実証的な証拠は得られなかった。一方、輸入集約度の変化と労働分配率の変化には負の相関が見られた。これは Elsby et al. (2013)やBöckerman and Maliranta(2012)の、海外との関係が強まり、労働集約的な部門を海外に移転している企業が労働分配率を低下させているという指摘と整合的である。参考文献Antràs, Pol (2004) “Is the U.S. Aggregate Production Function CobbDouglas? New Estimates of the Elasticity,” B.E. Journal of Macroeconomics, Vol. 4, No. 1, pp. 1-36.Autor, David, David Dorn, Lawrence Katz, Christina Patterson, and John Van Reenen (2017) “The Fall of the Labor Share and the Rise of Superstar Firms,”Technical report, National Bureau of Economic Research, Cambridge, MA, DOI:http://dx.doi.org/10.3386/w23396.Blanchard, Oliver (1997) “The Medium Run,” Brookings Papers on Economic Activity, Vol. 2, pp. 89–158.Böckerman, Petri and Mika Maliranta (2012) “Globalization, creative destruction, and labour share change:evidence on the determinants and mechanisms from longitudinal plant-level data,” Oxford Economic Papers, Vol. 64, No. 2, pp. 259-280.Dao, Mai Chi, Mitali Das, Zsoka Koczan, and Weicheng Lian (2017) “Why Is Labor Receiving a Smaller Share of Global Income? Theory and Empirical Evidence,”Technical report, International Monetary Fund.Douglas, Paul. H (1934) The Theory of Wages:Macmillan Company.Elsby, Michael W L, Bart Hobijn, and Aysegul Sahin (2013) “The Decline of the U.S. Labor Share,” Brookings Papers on Economic Activity, No. Fall.Hicks, John (1932) The Theory of Wages:Macmillan.Karabarbounis, L. and B. Neiman (2014) “The Global Decline of the Labor Share,” The Quarterly Journal of Economics, Vol. 129, No. 1, pp. 61–103, feb, DOI:http://dx.doi.org/10.1093/qje/qjt032.Keynes, John Maynard (1939) “Relative Movements of Real Wages and Output,” Economic Journal, Vol. 49, No. 193, pp. 34-51.Krueger, Alan B (1999) “Measureing Labor’s Share,” American Economic Review, Vol. 89, pp. 45-51.Lawrence, Robert Z. (2015) “Recent Declines in Labor’s Share in US Income:A Preliminary Neoclassical Account,” jun, DOI:http://dx.doi.org/10.3386/w21296.南亮進・小野旭(1978)「要素所得と分配率の推計-民間非1次産業」,『経済研究』,第29巻,第2号,143-169頁.吉川洋(1994)「労働分配率と日本経済の成長・循環」,石川経夫(編)『日本の所得と富の分配』,東京大学出版会,第4章,107-140頁.川口大司(2017)『労働経済学-理論と実証をつなぐ』,有斐閣.橋本由紀(2017)「企業業績から見た労働分配率」『,フィナンシャル・レビュー』,第130巻,第2号,121-139頁.西村清彦・井上篤(1994)「高度成長期以後の日本製造業の労働分配率:「二重構造」と不完全競争」,石川経夫(編)『日本の所得と富の分配』,東京大学出版会,第3章,79-106頁.野田知彦・阿部正浩(2010)「労働分配率、賃金低下」,樋口美雄(編)『労働市場と所得分配』,慶應義塾大学出版会,第1章,3-46頁.須合智広・西崎健司(2002)「わが国における労働分配率についての一考察」,『金融研究』,第1巻,125-170頁.表1:労働分配率低下の要因分解withinbetweenentrantexit製造業0.0129-0.05460.0080-0.0168卸売-0.0557-0.06220.07890.0038小売-0.0502-0.00160.0075-0.0185自動車-0.0510-0.0768-0.03060.0056Notes:(1)Source:企業活動基本調査1996-2016より筆者計算表2:労働分配率の変化と輸入集約度および付加価値シェア(製造業)労働分配率輸入集約度-0.157*(0.0858)関連会社輸入集約度-0.286*(0.156)産業内での付加価値シェア-1.012(3.111)Obs.89,08589,085115,059Notes:(1)Source:企業活動基本調査1996-2016より筆者計算(2)被説明変数は労働分配率(の差分)説明変数にはこれら(の差分)のほかに、年ダミーおよび産業ダミーを用いOLSにて推定を行っている。(3)輸入集約度は仕入れのうち輸入の占める割合として定義した(4)付加価値として、営業利益+減価償却費+給与総額+福利厚生費+動産・不動産賃借料+租税公課を用いている。 ファイナンス 2018 Aug.53シリーズ 日本経済を考える 80連 載 ■ 日本経済を考える

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