ファイナンス 2018年8月号 Vol.54 No.5
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ことを指摘している。2つ目はElsby et al. (2013)やBöckerman and Maliranta(2012)らによる、労働集約的な部門を海外に移転したことが労働分配率の低下の要因であるという仮説である。Elsby et al. (2013)はアメリカにおいて、輸入された財が仮に国内各産業において製造されていたとしたらどれくらい付加価値が上昇したかという値を計算し、その値が労働分配率の変動と負の相関を持つということを示している。また、Böckerman and Maliranta(2012)は、フィンランドのプラントレベルデータを用い、輸出シェアの増加が労働分配率の低下と負の相関を持つことを示している。ただし、Autor et al. (2017)はアメリカのデータを用い、中国からの輸入集約度(産業の売上高に占める中国からの輸入額)と労働分配率の変化に負の相関は見られなかったことを報告し、また、非貿易産業であっても労働分配率の低下が見られていることを指摘している。3つ目は、Autor et al. (2017)による、労働分配率の低い企業がシェアを増加させていることが労働分配率低下の原因であるという指摘である。Autor et al. (2017)はアメリカの企業データを用い、産業ごとの労働分配率の低下を(1)参入(2)退出(3)within(平均の低下)(4)between(構成比の変化)の4つの要因に分解し、withinの比率が低く、betweenの比率が大きいことを示している。つまり、各産業の企業が一様に労働分配率を低下させているのではなく、一部の企業が労働分配率を低下させており、その低下させている企業のシェアが増大しているということである。スウェーデン、イギリス、ドイツ、イタリア、フランス、ポルトガルでも同様の傾向が見られ、また、Böckerman and Maliranta(2012)もフィンランドのプラントデータを使って同様の分解を行い、労働分配率低下が、各企業一様ではないということを明らかにしている。Autor et al. (2017)は、労働分配率の低い企業は、マークアップ率が高い企業、あるいは付加価値に占める労働の固定部分の割合が低い企業であるというモデルを提示し、産業内独占度の上昇とその産業内での労働分配率の低下が相関をもっているいうことを示している。以上の仮説を踏まえ、企業活動基本調査(1995-2016)を用いて日本の特に製造業の労働分配率の低下について検証したMiyoshi(2018)の結果をここでは紹介する。そこでの留意事項としては、企業活動基本調査は従業者50人以上かつ資本金又は出資金3,000万円以上の企業しか対象ではないということである。中小企業の多い日本では、製造業において従業員20人以下の企業で雇用の1/4、総付加価値額の10%を占めているため、特にAutor et al. (2017)が示しているような大企業化が労働分配率の低下をもたらしたことを検証する意味では、中小企業を観察できないのは問題かもしれない。また、常時従業者 (期間の定めのない、または1か月以上の期間を定めて雇用されているもの)への給与しか得ることができず、割合としては低いものの、派遣や日雇いなど、交渉力の低い労働者への代替をとらえることはできないという問題点もある。更に、平成19年調査以降、給与総額として退職金を含んでおらず、また、どこまでを給与として扱うべきかという問題に対し、先行研究でやられているような複数の定義をrobustness checkとして用いるということができていない。また、自営業者は企業活動基本調査の対象ではないため、マクロの労働分配率とは異なり、付加価値に占める給与総額の割合を労働分配率とした分析である。まずはある産業の労働分配率λの差∆λをAutor et al. (2017)に従い、次のように要因分解する。∆λ=∆λ―s+∆(∑(ωi-―ωs)(λi-λ―s) +ωX,1(λS,1-λX,1)+ωE,2(λE,2-λS,1)ここでλ―はその産業における各企業の労働分配率の平均、ωiは各企業のその産業内での付加価値シェアを示す。また、Xは退出企業(eXiter)、Eは参入企業(Entrant)、Sは各期に存在していた企業を指す。右辺の第一項と第二項は生存企業による労働分配率の差の貢献部分である。右辺第一項は平均値の差で説明できる部分で、withinと称される。この第一項が労働分配率の差の大半を占めるのであれば、各企業が同様に労働分配率を低下させていたといえる。一方、右辺第二項は、その平均値の差で説明できない部分なので、こちらが多いのであれば、労働分配率の差はある一部の企業の低下が労働分配率の低下を招いたといえ52 ファイナンス 2018 Aug.連 載 ■ 日本経済を考える

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