ファイナンス 2018年8月号 Vol.54 No.5
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メリカでの労働分配率の推移は、60%台で比較的振幅が小さいものであることを明らかにしている。ただし、その安定性は長期のものであって、短期的には若干の変動が見られている。それは、賃金が硬直的であり、付加価値へのショックを毎年賃金に転嫁させることが困難であるからである。そのため、短期の景気循環では好況期に低下し、不況期には上昇するという傾向がある。(近年の日本の労働分配率も同様であることが橋本(2017)によって指摘されている。)吉川(1994)では南・小野(1978)の日本の非一次産業の労働分配率の長期的な推移の研究を引用したうえで、次のような特徴があることを指摘している。まず、戦前は顕著な低下傾向が見られるが、それは主に自営業部門における低下からおきているということである。次に、戦後労働分配率は急激なジャンプを見せるが、その後も長期的に見るとイギリスやアメリカよりも変動が大きいものの、1975年-1990年ころまでは比較的安定的な傾向を見せているということである。そのため、この近年の労働分配率の変動はいままでとは異なったものであるということができる。なお、日本では1990年代以降は労働分配率が上昇しており、それは資本収益率の低下を招くものであると懸念されていたが(西村・井上(1994)須合・西崎(2002))、須合・西崎(2002)は、その労働分配率の上昇は均衡労働分配率の上昇から来ているものではないということを示している。かつては労働分配率は比較的安定的であったわけだが、各産業において労働分配率が一様に安定的であったわけではない。例えば、アメリカの労働分配率を分析したElsby et al. (2013)では、1948-1987の労働分配率の変動と1987以降の労働分配率の変動をそれぞれ分析し、1948-1987では労働分配率の高い製造業から労働分配率の低いサービス業へと産業の中心が移動していったものの、サービス業の労働分配率が上昇した結果、全体としての労働分配率はそれほど変動を見せていないことを示している。しかし、1987年代以降の労働分配率の変動はそのような構成比の変動は見られず、特に製造業等の労働分配率の低下が全体としての労働分配率低下をもたらしていることを示している。日本でも、野田・阿部(2010)が同様の指摘をしている。野田・阿部(2010)は外国人株主の影響が強い企業が賃金が相対的に低いことを示した上で、日本の労働分配率低下は、ガバナンスの変化がその一因であると指摘している。ただし、このような労働分配率の低下は各国で同時に起きているため、各国独自の要因があるにしても、何らかの各国共通の要因があると考えるのが自然であろう。Elsby et al. (2013)では、例えば制度的なもので説明は困難であるということを検証するために、労働組合率の組織率の変動と労働分配率の変動の間の相関を最小二乗法にて検証し、有意な負の相関が見られなかったことを示している。それではなぜ労働分配率の低下が各国で見られているかについて、先行研究で挙げられている3点を紹介したい。1つ目は、Karabarbounis and Neiman(2014)による、労働に対する資本価格の低下が労働分配率の低下の原因であるという仮説である。Karabarbounis and Neiman(2014)では国別パネルデータを用い、資本財価格の低下による資本装備率の上昇が労働分配率の下落をもたらしたと指摘している。ただし、資本価格の低下は労働から資本への代替をもたらす一方、企業の最適生産規模を拡大させ、結果として労働需要の増加につながる可能性がある。(川口(2017))より具体的にいうと、資本価格の相対的な低下の中、労働分配率が減少するのであれば、労働と資本の代替の弾力性が1を超えてなくてはならない。資本AKKと労働ALLからなる生産関数Y=F(AKK,ALL)を想定し、資本価格をr、労働の価格wとすると、a=wALLrAKKで定義されるαの上昇は労働分配率の上昇を意味する。ここで、w/rが上昇する(資本財価格が相対的に低くなる)とき、資本と労働の代替の弾力性が1より大きいのであればw/rの上昇率は、ALLAKKの減少率よりも小さいことを意味するので、αは減少する。すなわち、労働分配率は低下する(Hicks(1932))。Karabarbounis and Neiman(2014)では、資本財の相対価格が低下し、また、資本と労働の代替の弾力性は各国で1を超えていると推定されており、そのことが各国で労働分配率の低下を招いているとしている。しかし、資本と労働の代替の弾力性は1未満であるという先行研究が多く、(Antràs(2004)やLawrence(2015)など)また、日本でも、須合・西崎(2002)が労働と資本の弾力性が1より小さい ファイナンス 2018 Aug.51シリーズ 日本経済を考える 80連 載 ■ 日本経済を考える

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