ファイナンス 2018年8月号 Vol.54 No.5
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過去の「シリーズ日本経済を考える」については、財務総合政策研究所ホームページに掲載しています。http://www.mof.go.jp/pri/research/special_report/index.html労働分配率の低下に関する サーベイ財務総合政策研究所上席客員研究員/愛知学院大学三好 向洋シリーズ日本経済を考える80付加価値のうち労働に分配される割合である労働分配率が先進国のみならず世界全体で低下傾向にある。(Blanchard(1997), Karabarbounis and Neiman(2014), Autor et al. (2017), Dao et al. (2017)))後述するように労働分配率の正確な測定は困難であるが、複数の指標で労働分配率を計算したとしても世界各国で労働分配率は低下しており、日本での労働分配率を分析した野田・阿部(2010)でも2000年代以降からは低下傾向が見られる。一般に労働所得を得るものよりも資本からの所得を得ているもののほうが数が少ないので、このような労働分配率の低下は所得の一極集中化を促進する傾向をもたらす。そのため、このような労働分配率の低下がなぜ起こるのか、そしていつ止まるのかは世界中の研究者の関心を集めていると言える。そこで、ここではそのような労働分配率に関する先行研究をサーベイし、日本においてどのような結論が導き出すことができるかを検討することにしたい。いくつかの研究が指摘しているように、一般に労働分配率は測定が困難である。例えば、Krueger(1999)では、以下のような問題を指摘している。まず、労働への分配を受けるものに誰までを含めるべきかが明らかではないという点である。例えば、オーナー社長や自営業者が受けている報酬は、自分が持っている資本に対しての分配も含んでいるはずであって、そういった報酬を受け取っているものを労働者として考えてよいのかということである。次に、労働への分配としてどこまでを含むべきであるのかが明らかではないという点である。例えば、従業員に対するストックオプションは労働への分配とみなしても良いのかという問題や、従業員に対する福利厚生費は労働に対しての分配と考えるべきであるかということが明らかではないということである。野田・阿部(2010)はそういった点を考慮し、日本の労働分配率を次の、(1)雇用者報酬/国民所得、(2)1人当たり雇用者報酬/就業者1人当たり国民所得、(3)雇用者報酬/(雇用者報酬+法人企業所得)、(4)雇用者報酬/(国民所得-個人企業所得)(5)1人当たり雇用者報酬/就業者1人当たり国内総生産という5通りで定義したうえでその推移を見ている。すると、そのどれもが90年代は上昇傾向を見せているが、2000年代に入ってから低下傾向を見せており、例えば(5)の1人当たり雇用者報酬/就業者1人当たり国内総生産であれば、2000年には65%ほどであったが、2006年には60%ほどまで低下していることを示している。Dao et al. (2017)によると各国で労働分配率が低下してきたのは2000年代に入ってからであるが、かつては欧米では労働分配率は非常に安定的であるということが指摘されてきた。例えば、Keynes(1939)では、その安定さを“a bit of miracle”として表現している。また、Douglas(1934)はその安定性を前提としてコブ=ダグラス型生産関数を推定しているように、マクロ経済学の研究では労働分配率が一定であると仮定した上での議論が構築されている。実際に労働分配率が過去長期的にわたって安定的であったかは吉川(1994)にまとめられている。吉川(1994)は、1800年代の終わりからのイギリスやア50 ファイナンス 2018 Aug.連 載 ■ 日本経済を考える

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