ファイナンス 2018年8月号 Vol.54 No.5
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わが愛すべき80年代映画論(第十三回)文章:かつおDVD〈日本語吹替収録版〉:1,429円+税発売元:ツイン販売元:NBCユニバーサル・エンターテイメント製作:レイモンド・チョウ出演:タン・ロン、ブルース・リー『死亡の塔』(原題:The Tower Of Death)1981年ブルース・リー*1。言わずと知れた史上最高の格闘スターである。彼の映画を“カンフー映画”と呼ぶには少し語弊があるかもしれない。カンフー映画といえば、「ハッ、ハッ」「バシッ、バシッ」と攻撃(主として腰の入っていない手打ち)と防御(主として手によるガード)がコマ送りのように交差する、なんとなく「ありえねえな」と思われる戦いが主だし、2000年代に入るとワイヤーを駆使し、反動もなく平気で宙に浮いてスーッと飛んでいくような「ありえねえとかいうレベルじゃねえな」という戦いがカンフー映画を席巻した*2。しかしブルース・リーの殺陣は違う。キックの入れ方、パンチの打ち方の一つ一つが、実際の格闘技のセオリーに沿っており、身体のキレも筋肉も、全てに「本物感」が詰まっていた。だからこそ「アンタ早くお風呂入んなさい!」という母親の声もそっちのけに、80年代の少年たちは、そのほぼ全員が、鏡に映る上半身裸(下はパジャマ)の自分をみながら「アチョー」という怪鳥音を発していた経験を有するわけである*3。そんなブルース・リーの80年代唯一の映画が本作である。いや、“ブルース・リーの映画”と呼ぶには少し語弊があるかもしれない。その理由については後々語るとして、ストーリーは、截拳道の使い手ビリー(ブルース・リー)が友人チンのお葬式に参列するために来日するところから始まる。お葬式の最中、暴漢がチンの棺を奪おうとする。それを阻止しようと追うビリー。さあ、いよいよアクション開始かと思った矢先、ヘリにつかまったビリーは小刀を投げられあっさりと落ちてそのまま死ぬ。「え?」観客の驚きをよそに、ストーリーは進む。悲報を聞いたビリーの弟ボビー(タン・ロン)は、兄の死の謎を追うために日本に来て、迫りくる暴漢たちをカンフーで倒す。そして悪の総本山、東京タワーの近くにある死亡の塔*4に向かうのである。安っぽい銀色の宇宙*1) DVD表紙画像参照*2) 『グリーン・デスティニー』(2000年中国・米国等)が第73回アカデミー賞外国語映画賞を獲得した時は悪い冗談かと思ったが、その後、『HERO』(2002年香港・中国)、『LOVERS』(2004年中国)など悪乗りワイヤーアクション映画が続いたことは記憶に新しい。*3) 内閣府調べ。*4) この塔、なんと地下に作られた塔という設定。それ“塔”なのか? などと考えてはいけない。服を着た敵、ヒョウ柄のワンショルダーの服を着た怪力男、電流の流れる床など、男塾三号生もビックリの漫画的刺客を次々クリアしたあと、いよいよ思わせぶりに登場する敵のボス。まさかブルース・リーがここで再登場か! と無駄な期待を観客に思わせた矢先、敵のボスは死んだはずのチンだったという、もはや前後のストーリーや、伏線があったか無かったかすら気にならないほどのガッカリ展開。仮にテレビ東京のスタッフに「YOUは何しに日本へ?」と問いかけられても、もはやボビー本人すらうまく答えられないであろうことは間違いない。そのままチンを倒し、映画は終わる。唖然とする個人、立ちすくむ観客。本作、なんとブルース・リーの死後に作られ、冒頭30分は『燃えよドラゴン』(1973年香港)の未使用フィルムを無理矢理つなぎ合わせ、足りない部分をそっくりさんで埋めたものの、そんな小細工も30分が限界で、もはやブルース・リーとは何の関係もない俳優による何の関係もないストーリーが展開されたものである。そもそも本人の死後、残された未使用フィルムで映画を一本作っちまおう、という発想がすごい。当時の香港映画界の「ありっちゃなんでもあり」という雰囲気が伝わってくる。「成功の反対語は失敗ではない。成功の反対語は“やらないこと”だ。」とは天才・アインシュタインの有名な言葉であるが、やらない方がいいこともあるかもしれない。そんなことを大人になった僕らに教えてくれる貴重な映画である。いずれにせよ、その映画のタイトルに加え、「主人公だったはずの者がすぐにいなくなってしまう」というまさかの展開は、2017年の政治史の何かを連想させないわけでもないが、もちろんそんなこととは全く関係がないことは言うまでもない。 ファイナンス 2018 Aug.49わが愛すべき80年代映画論連 載 ■ わが愛すべき80年代映画論

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