ファイナンス 2018年8月号 Vol.54 No.5
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評者渡部 晶與那覇 潤 著日本人はなぜ存在するか集英社文庫 2018年5月 定価540円(税抜)本書は、2013年10月に、集英社インターナショナルのシリーズ「知のトレッキング叢書」(高校生から大人まで、これから知の山脈を歩き始める人たちに向けた新しいタイプの叢書)の1冊として出版されたが、今回、書き下ろしの「解説にかえて 平成のおわりから教養のはじまりへ」が新たに加わって、文庫として再刊されたものである。著者の與那覇潤氏は、1979年生で、東京大学教養学部・同大学院総合文化研究科博士課程を終了後、2007年から15年まで愛知県立大学准教授であった。日本近現代史を専門とする。このときに教養科目の授業で担当している講義を1冊にまとめたものが本書である。與那覇氏の著作については、ファイナンス2013年10月号で、東島誠氏との共著「日本の起源」(太田出版)、同2015年1月号で、「中国化する日本 増補版」(文春文庫)を紹介している。また、三谷博氏に学部以来指導を受け、博士論文をもとにした「翻訳の政治学 近代東アジア世界の形成と日琉関係の変容」(岩波書店 2009年)は、「翻訳」(言語行為を通じて同一性を創造する文化実践)に着目して、「琉球処分」についての東アジアの国際秩序の中での受け止めや、大正期の沖縄の本土への「同化」について、斬新な視点を提示した画期的な著作で、本書第4章にその成果も盛り込まれている。次々と話題作を世に問うた與那覇氏であったが、2014年春にうつ状態と診断され、2015年から2年間の休職を経て、17年に大学を辞している。最近、本を書くまでに回復し、そのうつ体験と同時代史を綴った最新作「知性は死なない―平成の鬱をこえて」(文藝春秋2018年4月)は、主要紙の書評欄などで大きく取り上げられ、大変な話題作となっている。本書の構成は、「introduction グローバル時代の「教養」とは何か」、「Part1 入門編 日本人論を考える」(第1章「日本人」は存在するか、第2章「日本史」はなぜ間違えるか、第3章「日本国籍」に根拠はあるか、第4章「日本民族」とは誰のことか、第5章「日本文化」は日本風か)、「Part2 発展編 日本人論で考える」(第6章「世界」は日本をどう見てきたか、第7章「ジャパニメーション」は鳥獣戯画か、第8章「物語」を信じられるか、第9章「人間」の範囲はどこまでか、第10章「正義」は定義できるか)、「解説にかえて」などとなっている。歴史学だけでなく、心理学や社会学などの様々な「知の光」が当てられる。単行本時の担当者は、この本を通じて、「あなたは日本人ですか?」という一見、単純な問いへの答えも、それほど自明でないことを、知ってほしいとしていた。本書をつらぬくキーワードが「再帰性」である。近代社会は、「私たち自身の認識によって次々と新しい現実が生まれては、消えていく」。第10章では、「君たちはどう生きるのか」(吉野源三郎著)と、「構造と力」(浅田彰著)が同様に指摘することを敷衍し、「私たちが、私たち自身の意識を媒介としない「あるがままの自然」にしたがって生きることをやめ、みずからの周囲にある環境を再帰的に認識し、再構成し、同じ社会のメンバーのあいだだけで通用する現実を作り上げることを始めたときから、動植物とは異なる「人間」の歩みが始まった。それを自覚することが、この世界でよりよく生きるための基礎だ」と指摘する。「解説にかえて」では、「再帰的な「みんな」に埋没しないために」で、「「人間」を単位に、因果関係で物事を捉えて、「よいことが起きたら「すごい人のおかげ」「嫌なことがあったら「悪いやつ」のせい」みたいな考え方はやめよう。むしろ私たち一人一人の「あいだ」で働いている、相互的なやりとりの結果としてもたらされる「再帰性」を主人公にして、社会で起きていることを捉えられるようになろう」と呼びかける。このような方向に、知性の可能性をみるという著者の姿勢に強く共感する。ぜひ一読をお勧めする。48 ファイナンス 2018 Aug.ファイナンスライブラリーFINANCE LIBRARYファイナンスライブラリーライブラリー

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