ファイナンス 2018年8月号 Vol.54 No.5
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巻頭言「強いメンタル」とはソウル五輪シンクロ・デュエット銅メダリストメンタルトレーニング上級指導士国際オリンピック委員会(IOC)マーケティング委員田中ウルヴェ 京「メンタル」って何でしょうか? 様々な企業や省庁を対象とした講演で質問すると、大きく二つの「メンタル」のイメージが返ってきます。一つは、「あの人、メンタルやられて休職したよ」というもので、どちらかというとネガティブな意味を持つもの。もう一つが、スポーツ中継などで「この選手はメンタルが強い」といった、どちらかというとプラスのイメージのもの。この場合はいわゆる高いパフォーマンスを出すための「心(メンタル)の強さ」を指しているようです。では、ここでさらに質問を。そもそも「心(メンタル)が強い」ってどういうことでしょうか?私は、シンクロナイズドスイミングの選手として、1988年ソウル五輪に出場し、現役を引退。その後、10年間は、日本、アメリカ、フランスで代表チームコーチをしながら、アメリカの大学院でスポーツ心理学を学びました。30代からは、日本スポーツ心理学会認定のメンタルトレーニング上級指導士として、ゴルフ、フィギュアスケートといった個人競技から、サッカー、車いすバスケットボールといった日本代表のチーム競技まで、様々な競技の代表監督や選手のメンタルに関わり、同様に、経営者やビジネスパーソンの「メンタルを強くする」トレーニングを専門にしています。このメンタルトレーニングは、スポーツとビジネスに共通点が多くあるので、企業研修では、新入社員向けの「ストレスとの上手な付き合い方」から、リーダー向けの「トップパフォーマーのメンタル」に関する研修まで行なっています。「強い心(メンタル)」は、先行研究を整理すると、大きく二つの構築プロセスが基本にあります。一つは「自分のメンタルとは何か」という自己内省です。人によって、どのようにメンタルを整えたいかが違うからです。自己内省には「セルフアウェアネス」という手法があります。ひたすら「自分はどんな時にどんな感情や思考があるのか」を言語化する習慣をつけて、自分を多面的に知ることです。それによって、自分ならではの「仕事の意味」や「幸福の意味」を作ります。もう一つは「自分のストレス対処能力を高める」ためのプロアクティブ・コーピングです。この二つで、「強いメンタル=どんな状況においても、自分ならではの、しなやかに対処するメンタル」を構築していくことが基本です。心を強くする=しなやかにすることで、試合に勝ったり、仕事で成功したりといった、自分の能力発揮を可能にすることも大事ですが、その究極の目的は、「意味がまるでないようにも思える人生に、自分ならではの意味を持つこと」です。そのためにはまず、自分という人間について、「質感のある感情」で感じられるようになること。じつはこのことが、現役引退後の私自身の「シンクロを取ったら何もない自分」という自己喪失感から、救ってくれたきっかけでした。人生は山あり谷あり。どんな成功も失敗も、すべて「この起きた事実を私という人間は、どう捉えているだろうか」という視点で課題解決し続けることができると、「自分ならではの人生を全うする」、その意味が見えてくるのだと思います。私の大好きな言葉に、「私は幸せだろうか?と問うのではなく、今日の自分はどうあると幸せだろうか?という問いこそが自分を幸せにする」というポジティブサイコロジーの言葉があります。さて今日のあなたは、「自分がどうある」と幸せですか?ファイナンス 2018 Aug.1財務省広報誌「ファイナンス」は、こちらからご覧いただけます。

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