ファイナンス 2018年8月号 Vol.54 No.5
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■浅古有寿氏((株)バンダイナムコホールディングス 取締役 経営企画本部長):会社のポジションによって現金保有額はフレキシブルに考えるべきである。当社の場合は、一番の経営資源である社員に投資をしている。また、株主資本配当率(DOE)2%をベースに総還元性向50%以上を目標に還元する方針に変更したところ投資家からは資本コストを意識した決定と評価されたが、実はこれは社内メッセージに重点を置いている。事業会社の役員全員に資本コストを考えた経営を行うことを意識させることを一番の目的とした。適切な現金保有の水準については、会社自身が自らの立ち位置を理解し、意思を持って各ステイクホルダーに説明していくことが重要である。■山本高稔氏((株)日立製作所 社外取締役、東京エレクトロン(株)社外監査役):過去34年間の資本市場のアナリストや投資銀行のバンカーを経験した立場では財務総研及び中神氏の報告内容に賛同する。一方で、事業会社の論理はまた別になる。新しいガバナンス・コードでは、資金ポジションや政策保有株式の考え方は企業の資本政策や財務政策方針に立脚しているはずであり、いきなりキャッシュポジションの話になると粗い議論になってしまう。グローバルの競争相手と比較すると、月商比の現預金は遜色ないが、有利子負債比率は低い。会計制度の違いはあるが、競争相手の資産の部には、M&Aを通じてグッドウィル(のれん)とインタンジブル(無形資産)が計上されている。つまり、グローバルの競争相手は、コストを資本市場や銀行等から調達して企業の成長投資に向けているが、日本企業は海外企業に比べ明らかにその水準が低い。現在、日本企業は収益力を回復し新しいステージに入っている。次の一手は自社の資本コストを的確に把握して、中長期の経営戦略と財務・資本政策を作成・開示し、市場に対して丁寧な説明をすることである。■中神康議氏(みさき投資(株)代表取締役社長):企業のキャッシュポジションは、財務政策や資本政策を踏まえて考えるべきだという考えに同意する。長期投資家としては株主資本を複利で回せるのであれば企業には大いに投資して欲しい。これが原理原則。しかし、複利で回す力がないのなら株主に返すべきだろう。複利で回せる投資機会がないにも関わらず、単に現預金を貯めているのは理由がつかない。企業経営者は、突発的な危機に対応するための必要十分の現預金はどのくらいかを考え、それ以外は不要であるといった議論を詰めていく必要がある。もっと問題なのは、複利で回せる投資機会があるにも関わらず投資をしないことである。日本の企業経営者にはアニマルスピリットが少し足りないのかもしれない。■土井所長:個別企業の状況に応じて資金ニーズが異なるため、十把一絡げにする議論は当然すべきでないが、日本の企業部門全体でみると企業が保有する現金が適正な水準を超えている。アメリカをみると、世界金融危機後はデレバレッジや現預金を積み上げる動きが見られたが、その後は解消している。その一方で、日本企業は保守化して現預金を積み上げている行動は合理的であると説明できない。日本の経営者、さらに財務担当者は、資本コスト、特にエクイティコストを意識しておらず、株主資本はタダという誤解や借金はしない方がベストという誤解が蔓延している。株主資本は非常にコストがかかっており、高いROEが達成できなければ株価が下がるというメカニズムが十分理解されていない。無借金企業がベストなのではなく、エクイティとデットの最適バランスを考える必要がある。企業価値を最大化させるための財務戦略が日本企業の中で十分消化されていない。PBRが1倍割れしている企業は保有している資産に対して経営側が何の付加価値もつけていないに等しい。こう山本高稔氏土井俊範所長浅古有寿氏中神康議氏 ファイナンス 2018 Aug.45

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