ファイナンス 2018年8月号 Vol.54 No.5
48/88

を行った際の株価上昇率を分析したところ、市場が評価していることが分かった。また、企業が価値を高めるための方策として人に対する投資がある。財務総研が開催した「イノベーションを通じた生産性向上に関する研究会」では、リストラや賃下げなどのコスト削減を生産性向上の手段とするがまんの経営で企業経営者のマインドが内向きになった点が指摘されている(大橋(2018))。生産性向上の手段は、コスト削減よりもむしろ付加価値の創出が重要である。そのためには、当研究所が開催した「企業の投資戦略研究会―イノベーションに向けて―」では、生産性や収益を向上させる原動力としてアイディアを生み出す人的資産の果たす役割は大きいことが指摘されている(柳川(2018))。企業価値を高めるための現預金の使途として、人的資本への投資は有効であり、顧客のニーズを捉えた上でR&Dや設備投資の実施や、構造転換のためのM&Aも考えられる。日本企業が合理的だと考え積み増している現預金が、結果として企業価値の向上に結びついていない。企業は市場からの評価を視野に入れ、企業価値の向上に取り組む必要がある。企業に改善を促すコーポレートガバナンス改革を通じた企業行動の変革は道半ばである。企業の経営者が果断な経営判断を行うことが重要である。(2) 中神康議氏(みさき投資(株)代表取締役社長)からの報告 「新コーポレートガバナンス・コードが 経営に与えるインパクト」新しいコーポレートガバナンス・コードで「資本コスト」概念が導入された。投資事業には先人たちの叡智が詰まっているが、それは株主資本を経営者が複利で回せるかどうかである。資本生産性から資本コストを引いたものが超過利潤であるが、長期投資家が求めるのは資本コストを上回る資本生産性を上げて超過利潤を生み出すことである。現代金融理論の教えによれば、超過利潤がマイナスの企業は、成長するほど企業価値破壊を加速していく企業なのである。過去10年間でみると日本の上場企業の4分の3はマイナスの超過利潤企業であり、国富が危機的状況にあるといっても過言ではない。企業の「成長」と「膨張」はまったく異なる。日本企業の中には資本コストを意識して設備投資やM&A投資の判断を行っていない会社や、また横並びの株主還元政策やレバレッジをかけることへの拒否感、持ち合い株式といった必ずしも超過利潤を意識しない行動が見受けられる。企業経営者は思考停止に陥らず、最適現金水準や最適資本構成についても考えていく必要がある。稼いだキャッシュの使い途は保有も含めて経営者の専権事項であるが、超過利潤を生み出すことは、大切な資金を預かっている上場企業経営者の最低限のルールであり、マナーでもある。溜まりすぎた現預金は確かに問題だが、経営者に「正しく使う能力」がない場合は、価値破壊を単に加速させるだけである。経営の進化は常に市場との接点から産まれる。投資家の率直な意見を取り入れ、新たな経営フロンティアを切り拓いていくことが、日本企業経営がより強く進化する切り口になる。2パネルディスカッションパネルディスカッションは、モデレーターの目黒部長より2つの質問が投げかけられた。それぞれの質問に対するパネリストのコメントを紹介する。質問1:日本の企業は総じて、現預金を積み上げるばかりで、それを企業価値の向上のために十分に活かしていない企業が多いように見受けられる。企業側の事情・意向もあろうが、このような企業の行動は合理的だとお考えか。企業の適正な現金保有の水準・あり方について、どのようにお考えか。中神康議氏目黒克幸部長44 ファイナンス 2018 Aug.

元のページ  ../index.html#48

このブックを見る