ファイナンス 2018年8月号 Vol.54 No.5
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これらの結果は日本企業が過度に保守的であることを示唆している。日本企業は現預金を積み増していることに対する市場評価はどうか。実証分析及び世界投資家へのサーベイ調査による先行研究によれば、日本企業が積み増す現預金は割り引いて評価されていることが明らかになっている。その理由は「価値破壊的な(投資コストを下回るリターンの)投資を行うことへの懸念(=ROEが低い)」ということであった(柳(2015))。つまり、日本企業は「合理的理由がある」から現預金を積み増しているが、市場からは現預金を積み増したところで企業価値の向上に結び付けられていないとみなされ低く評価されているという構図になっているのである。日本企業はアメリカ企業と比べて、企業価値の向上に向けた取組みが弱いのだろうか。ROE(自己資本利益率)を日米比較すると、日本企業のROEは年々高まっているが、アメリカ企業の水準と比べるとまだ乖離が大きい(図2)。その要因をみると、依然としてマージン(当期純利益/売上高)に大きな差があるほか、レバレッジ(総資産/自己資本)は一貫して低下傾向にあり、アメリカ企業と除々に差が開いているのがわかる(図3)。では、PBR(株価純資産倍率)はどうか。日本企業(TOPIX500)のうちPBRが1倍割れの企業がまだ2割も存在しているが、アメリカ企業(S&P500)ではPBRが1倍割れの企業はほとんど存在していない(図4)。アメリカでPBR1倍割れの企業がほとんどないのは、市場を通じた企業経営者の淘汰が自然に行われているからである。日本でこれほどPBR1倍割れの企業が多いのは、日本企業の株主構成に占める政策保有株主が多いことが理由だと考えられる。その結果、資本が有効に活用されていなくとも企業側に経営改善を迫らないといったようにコーポレートガバナンスが弱い環境になっている。日本企業が必要以上に現預金を保有し企業価値の向上のために活用していないのであれば、どのような使い途が有効なのか。バランスシート上の観点からは、最適な資本構成を目指す手段として自社株買いがありえる。資本効率に改善の余地がある企業が自社株買い図4 PBR(株価純資産倍率)の状況(日米比較)0%10%5%20%15%30%25%1.0未満~1.5~2.0~2.5~3.0~3.5~4.0~4.5~5.0~1010超日本アメリカ(注)1.日本企業はTOPIX500から金融機関を除いた443社のうち欠損値を含む企業2社を除いた441社。アメリカ企業はS&P500から金融機関を除いた431社のうち欠損値を含む企業22社を除いた409社。2.時点は2018年6月1日としている。図2 ROE(自己資本利益率)の推移(日米比較)0%5%10%15%20%2013年度2014年度2015年度2016年度2017年度(注)1.ROE=当期純利益/自己資本。2.日本企業はTOPIX500から金融機関を除いた443社のうち欠損値を含む企業27社を除いた416社。アメリカ企業はS&P500から金融機関を除いた431社のうち欠損値を含む企業6社を除いた425社(図3も同じ)。日本アメリカ図3 ROEのデュポン分解0%2%4%6%8%10%2013年度2014年度2015年度2016年度2017年度2013年度2014年度2015年度2016年度2017年度2013年度2014年度2015年度2016年度2017年度マージン0.00.20.40.60.81.0自己資本総資産総資産売上高売上高ROE(自己資本利益率)××(レバレッジ)(回転率)(マージン)回転率0.00.51.01.52.02.53.03.54.0レバレッジ日本アメリカ日本アメリカ日本アメリカ当期純利益= ファイナンス 2018 Aug.43

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