ファイナンス 2018年8月号 Vol.54 No.5
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(1)条約名称及び前文*11) なお、蘭文の表題はTraktaat(条約)としか書かれていない。*12) 条文上は、フランス語では「leurs sujets respectifs」となっており、日英条約では「their respective subjects」となっているが、日米条約ではほぼこれに相当する部分は「the respective citizens and subjects」の表現となっており、合衆国形態のアメリカに対応する語がcitizens、帝国形態の日本に対応する語がsubjectsと政体によって使い分けられていることが分かる。このため、日仏条約の仏文を訳すに当たり「sujets」の語は「国民」ではなく「臣民」と訳したので、留意されたい。ちなみに、1896年8月に締結された日仏通商航海条約になると、ressortissants(管轄に属する者の意)という政体に関わらないニュートラルな単語が用いられている。*13) ちなみに、日米条約・日英条約ではTycoon of Japan、日蘭条約ではTaikoen van Japan、日露条約でもТайкунといずれも「大君」の語が使われている。*14) 前掲ド=シャシロン著「日本、中国及びインドについての記録」70頁。条約名であるが、仏文では「平和」の語が入っており、正確に翻訳すると「平和友好通商条約」である。一方、和文ではカタカナ文も漢字かな混じり文もいずれも「仮条約」の名称となっている。この「仮条約」の名称は、朝廷の勅許を得ずに結んだ条約であるためと思われる(安政の五か国条約全体が安政の仮条約と呼ばれることもある)。このように、現在用いられている「日仏修好通商条約」は通称であり、条文上はどこにも出てこない名称である*11。ちなみにフランスでの通称は「江戸条約」(Traité d’Edo、Traité de Yedo又はTraité de Yeddo)である。次に前文の内容であるが、日仏両国の元首が、両国間の友好関係を結び両国民*12の通商関係を確立するために、それぞれ全権委員を任命してこの条約を定めたことを述べており、日米・日蘭・日露・日英の各条約も同様のことが書かれている。双方が互いの全権を確認した旨をカタカナ文で「フランス皇帝の使節と日本大君の高官と自分自分に威勢ありと見定めたる上にて」と規定しているのが面白い。ここで気が付くのは、条約を締結する日本側の主体が、和文では「日本大君」「ニツポンノタイクン」として天皇ではなく江戸幕府の将軍だと明確にされている一方で、仏文では日本皇帝(Empereur du Japon)の語が用いられていることである*13。現在Empereur du Japonという表現は天皇を意味するため、この表現を将軍に使うのはセンシティブではないかと一瞬疑問に思ってしまう。しかし、当時のフランス側の説明をみると、ド=シャシロン男爵は「日本には2人の皇帝がいる。一人は宗教的皇帝であり、もう一人は世俗的皇帝である。」*14として、前者はミカド、後者は大君又は将軍と呼ばれると述べており、ド=モジュ侯爵は「大君すなわち宗教的皇帝の代理人は、日本の絶対的主権者であってミカドを国事の重みから解放するために設けられた【仏文(現代語仮訳)】フランス人民皇帝陛下及び日本皇帝陛下との間の平和友好通商条約フランス人民皇帝陛下及び日本皇帝陛下は、両帝国の間に最も親密かつ最も友好的な関係を確立し、それぞれの臣民の間における通商関係を円滑化することを欲して、こうした関係の存在を正式なものとし、その発展を助長し、かつ、その持続を恒久的なものとするため、両国の相互の利益に基づく平和、友好及び通商の条約を締結することを決め、そのために、それぞれ全権代表委員として、以下の者、すなわち、フランス人民皇帝陛下はレジオン・ドヌール勲章大将校位等々を有するジャン=バティスト=ルイ・グロ男爵を、日本皇帝陛下は水野筑後守、永井玄蕃頭、井上信濃守、堀織部正、岩瀬肥後守、駒井左京頭を任命した。双方は、それぞれの全権を互いに通知し合法かつ正規のものと認めた後、次の各条について合意した。【カタカナ文】カリデウヤクフランスノ クワウテイト ニツポンノ タイクント シンギヲ ムスビ クニノヒト シヤウバイヲ トグベシ マタ ソノシンギヲ ナガク タモチ ソノカウエキ ハンジヤウスル タメニ ニツポント フランストノリエキニ ナルヤウニ シンギ ナラビニ カウエキノ ヤクソクヲサダムヘシ○ フランスノ クワウテイト ニツポンノ タイクント ヤクソクヲサダムルホドノヰセイ マタハ クラヰノアル カウクワンヲ サシダシタリ フランスノ クワウテイヨリ サシダシタル シセツノナハ ジユワンハ ペテイステ ルイスゴロノカミト マヲス カウクワンニンナリ ニツポンノタイクンヨリハ ミヅノチクゴノカミ ナガヰゲンバノカミ ヰノウヘシナノヽカミ ホリオリベノカミ イハセヒゴノカミ ノヽヤマシヤウザウニ ソノコトヲ メイジタリ○ フランス クワウテイノ シセツト ニツポン タイクンノ カウクワント ジブンジブンニ ヰセイアリト ミサダメタルウヘニテ サノ デウヤクヲ サダメタリ【漢字かな混じり文】假條約佛蘭西皇帝と日本大君と信誼を結ひ両國の人民交易を通し其交際の永くかわらすして両國の為利益ある交易の條約を定んと欲して佛蘭西皇帝よりは全権の使節シユワンハベテイステルイスゴロノカミを遣し日本大君は其事を水野筑後守永井玄蕃頭井上信濃守堀織部正岩瀬肥後守野々山鉦藏に命し双方委任の書を照應して左の條約を決定せり ファイナンス 2018 Aug.29

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