ファイナンス 2018年8月号 Vol.54 No.5
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世界銀行日本理事室審議役 津田 夏樹2018年4月21日、ワシントンDCにおいて開発委員会が開催され、世界銀行グループ(WBG)の主要機関である国際復興開発銀行(IBRD)及び国際金融公社(IFC)の資本増強パッケージが合意された。今後、加盟国における必要な手続きを経て、両機関合計の払込資本金額で過去最大の130億米ドル(約1.5兆円)の増資が実現する見通しである。この交渉は2015年から約3年に及ぶものであった。この間持続可能な開発目標(SDGs)や気候変動に関するパリ合意といった国際的な目標が定まる一方、世界の主要国の政治体制に大きな変更があった。マルチラテラリズムに対する危機感の高まりの中で、加盟国各国の間で資本増強パッケージに合意できたことは、世界銀行の意思決定機関である理事会とそれを支える世銀職員の血と汗と涙の結晶であり、文字通り歴史的快挙である。本稿では、世銀理事会での3年間に及ぶ増資交渉はどのようなものであったかをご紹介したい。そのため、まずはWBGと世銀理事会の概要についてご紹介し、それを踏まえ増資交渉における主な論点がどのように議論されたかをご説明し、最後に増資交渉において我が国が果たした役割に触れたい。1WBGと理事会の概要(1)WBGの概要WBGは四つの国際金融機関から構成される。まず各国政府部門に対する融資や技術支援を行う機関として、低所得国(国民一人当たりGNIが$995以下)を支援対象とするIDAと中所得国(国民一人当たりGNIが$996~$12,055)を主な支援対象とするIBRDがあり、これら二つをまとめて世銀(WB)と呼ぶことが多い。また途上国の民間企業を支援する機関として、企業に投融資や技術支援を行うIFCとクロスボーダーの投資リスクを保証により軽減するMIGAがある。今回増資の検討対象となったIBRDとIFCは、加盟国の出資を基に債券発行により調達した資金を融資等の支援に充てているが、貧困削減・格差是正というWBGの二大目標の実現やSDGs・パリ合意と言った国際社会の目標の達成のためには支援規模の拡充が必要で、そのためには増資が必要として、加盟国に追加的な出資を求めていた。特にIFCについては、途上国の民間セクター開発や民間資金動員の重要性の高まりに対し、長らく加盟国からの増資も行われておらず、増資の必要性は高かった。(2)理事会の概要加盟国各国政府は、増資や協定改正等の重要な意思決定に関して、出資額に応じた投票権を保有する。また、WBGの業務に関して株主たる各国政府を代表するため、理事会を設置している。WBGの理事会は25名の理事から成り、日米中独英仏といった国々が単独で一人の理事を指名するsingle constituencyと、複数国でグループを組織し一人の理事を選出するmulti constituencyが存在する。各理事には、その業務遂行を助けるため、一名の理事代理と十名程度のスタッフを置くことが認められ、理事及びスタッフで理事室を構成している。世銀では、一般的に、資金の出し手である先進国と借手である途上国の間で利害が対立することが多い。また、multi constituencyの理事室は、代表すべき政府が複数あり、場合によっては先進国と途上国が混在しているため、理事会に先立ち理事室内での意見調整が行われるが、この調整は理事室内のパワーバランスに応じて、かなりダイナミックなようだ。例えば、欧州のmulti constituency理事室の場合、先進国が理事を務めていても、構成国に中所得国や低所得国と言っ世界銀行グループの増資について(交渉担当者の視点から)22 ファイナンス 2018 Aug.

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