ファイナンス 2018年7月号 Vol.54 No.4
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私の週末料理日記その236月△日土曜日新々今年もまた憂鬱な季節になってきた。我が家には年間を通じてゴキブリが棲息しているのだが、高温多湿な季節になると、出没件数が一気に増えるのである。今朝例によってスーパーに食材の買い出しに行ったついでに、殺虫剤とともにゴキブリ△×△×という結構な名前のゴキブリの捕獲機を買い込む。これが救世主となればいいが…。我が家の娘たちは、普段父親に対してあれほど強面なのに、深夜洗面所や食堂にゴキブリが出現するとパニックを起こし大声を上げる。私が熟睡しているところに飛び込んできて、容赦なく叩き起こして、ゴキブリ退治を命ずるのである。「明日の朝殺虫剤を散布する」と言っても、聞き入れるはずもなく、私は飲み過ぎでずきずきするこめかみを押さえながら、ゴキブリ退治に出動させられることになる。アース製薬のホームページによれば、ゴキブリは1秒間で体長の50倍の距離を移動できるのだそうだ。人間の身長に換算すると、時速300Km以上とのことである。だから、いい加減くたびれた初老の男がスリッパを振り回しても、偶然が味方しない限り、戦果が上がるはずないのだ。仕方がないので、5分ほどその辺をスリッパで叩き回り、仕留めたふりをして、「撃退したから安心しろ。夜更かしをやめて早く寝なさい」と言うのだが、敵もさるもの、娘の方は階段の上からしっかり監視していて、女房に「退治したふりだけして寝ようとしている」と言いつけるものだからたまらない。結局、倍旧の厳しい督励を受けて、私はそこら中這い回って、冷蔵庫の下とか洗面台の脇だとか、台所のシンクの下の物入れと床との隙間などを覗き込みながら、ひたすら殺虫剤を噴霧することになる。その上で、娘どもが入浴や歯磨きを終えるまで、ゴキブリが出現したら直ちに殺虫剤を浴びせかけられる(かもしれない)態勢で深夜の待機を続けることになるのだ。奮発して買い込んだ捕獲機の奏功を待ち望むこと、転うたた切なるものがある。ゴキブリは、3億年乃至2億5千万年前から存在していたと言われる。恐竜の全盛期が1億年前、インド亜大陸がユーラシア大陸と衝突してヒマラヤ山脈ができ始めたのが5,000万年前、ホモ・サピエンスがアフリカに出現したのが20万年前、日本列島が大陸から完全に分離したのが1万3千年前であるから、ゴキブリの種としての逞しさには、驚嘆するほかない。環境変化への順応力がすごいというべきか。「生き残る種とは、最も強いものではない。最も知的なものでもない。それは、変化に最もよく適応したものである」と言ったのは、進化論のチャールズ・ダーウィンだったかな。ゴキブリについてとりとめなく思いを巡らすうちに、昼飯時となる。昨晩女房が作ったらしいトムヤムクンの残りがあったので、トムヤムクンラーメンを作る。まあまあの出来なのだが、トムヤムクン自体が少し甘めだったので(トムヤムクンペーストが辛かったので甘味シロップを加えたとのこと。何ということをするのだ!!)スープの味が今一つ。それをうっかり口にしてしまったものだから、ひどいことになった。「口は是れ禍の門、舌は是れ身を斬るの刀なり」とはよく言ったものである。午後は、これ以上家庭内地雷を踏まないように、図書館に出かけて静かに過ごす。ところで前述の「生き残る種とは」の一節は、企業経営に関して環境変化への対応の重要性を指摘する際などに、しばしば引かれるように思うが、なかなか含蓄に富むフレーズである。おぼろげな記憶では、たしか国会の所信表明演説にも使われたことがある。会議80 ファイナンス 2018 Jul.連 載 ■ 私の週末料理日記

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