ファイナンス 2018年7月号 Vol.54 No.4
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はますます辛くなるのです。ですから話をするとき、どれだけ上司が部下に対して耳を傾けられるか、が大事です。以前アメリカ軍で「受動攻撃性」が問題になりました。下の立場の人間は、とりわけ軍隊では、反抗できない。そこで命令を実行するとき手抜きをするのです。受身的に反抗してしまうのです。これを避けるためにはやはりきちんと会話をする必要があるのです。(エ)会話にあたってのポイントきちんとした会話をするにも、いくつかポイントがあります。先ず、「強い言い方」と「弱い言い方」をバランスよく組み合わせることです。自分の想いを伝える時に、「強い言い方」だけでも、「弱い言い方」だけでもうまくいきません。「ほどほどの言い方」が大切です。もうひとつは、「ミ・カン・てい・いな」という言い方を使うことです。「見る」―事実を伝える、「感じる」―気持ちを伝える。つまり事実と気持ちの両方をバランスよく伝えて、その上で「提案する」。そしてダメ(否)と言われたら、そこで代案を出す。こうすれば会話はうまくいきますし、ハラスメント的な対応もなくなっていきます。(オ)先ずは共感して相手に寄り添う感情というのは大事で、私たちは会話の時に瞬間的に相手の気持ちを読み取って反応しています。それができないと、次の例のように気持ちに寄りそえなくなり、逆に相手を追いつめることになりかねません。A:「またうまくできなかった。どうせ私は何をやってもダメだ」B:「ダメだって考えてはダメだ」A:「やはりダメですか…」この人はがっかりして落ち込んでいるのです。この場合に先ずやるべきことは「大変だったね」と気持ちに寄り添うことです。その上で、「では何がよくなかったのかを一緒に考えていこう」と現実に向き合うことです。まずは「共感」です。そして共感は「言い切り」です。疑問形になると全く違ってきます。「そんなに辛いのですか?」という疑問形は「あなたの言っていることが分かりません」というメッセージを含むのです。分からないから質問するのです。「共感」というのは「あなたの言っていることは分かっていますよ」というメッセージなので、疑問形になってはおかしいのです。言い切りの形で共感して、相手が「そうなのです」となれば話が通じているわけです。通じたなら、現実に目を向けていくことができるのです。もし通じていなければ相手から「でも…」「しかし、…」と返事が来ます。それで、「これはちょっとまずいな」となり、もう一度相手の気持ちに目を向け直す、ということになります。(カ)心に寄り添うコツ心に寄り添うコツは、まず相手の気持ちを認めてあげることです。責め言葉は何の役にも立ちません。2つ目は感情に流されないことも大切です。感情と事実のバランスをとることが重要です。3つ目はwhy questionでなく、how questionをすることです。「どうしてこうなったの?」は責め言葉になってしまいます。どうして?どうして?となると、だんだん部下が黙り込んで、追い込まれてしまいます。大事なことは「ではどうしていけばいいのか」です。相手との関係を大切にして、微調整ができるかどうかで、職場の雰囲気とか職場の心の状態といったものも変わってくるのです。ご清聴ありがとうございました。講師略歴大野 裕(おおの ゆたか)(一社)認知行動療法研修開発センター 理事長ストレスマネジメントネットワーク(株)代表1978年 慶應義塾大学医学部卒業と同時に、同大学医学部精神神経科学教室に入室。その後、コーネル大学医学部やペンシルベニア大学医学部への留学を経て、慶應義塾大学教授を務めた後、2011年6月から2015年3月まで、独立行政法人国立精神・神経医療研究センター認知行動療法センター センター長を務め、現在は顧問。国際的な学術団体Academy of Cognitive Therapyの設立フェローで、公認スーパーバイザーであるほか、日本の諸学会でも要職を務めるなど、日本における認知行動療法の第一人者。2011年からは、日本経済新聞コラム「こころの健康学」を連載中。著書に、「こころが晴れるノート」「はじめての認知療法」「マンガでわかりやすい認知行動療法」など多数。 ファイナンス 2018 Jul.79連 載 ■ セミナー

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