ファイナンス 2018年7月号 Vol.54 No.4
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その結果、3か月の認知行動療法を追加した場合は、投薬治療だけの場合と比べて「症状が半減した」「症状がほぼなくなった」の割合がともに約2倍となり、効果が出ていることが分かりました。もう一つ、国際的な論文として評価された点があります。それは、その後、認知行動療法をしないまま1年後を見たところ、3か月の認知行動療法を追加したグループは、1年間何もしなかったのに、7割の方の症状がなくなり、良くなっていました。このことは、認知行動療法の使い方を患者自身が身に付けると、患者が自分の心をコントロールできるようになることを示しています。4.社員のこころの健康の大切さ(1)疾患の社会への影響心の健康は、個人だけでなく、経済的にも重要です。ハーバード大学・WHO・世界銀行の研究によれば、100の疾患が経済評価としてどのくらい社会に影響があるかを調べたところ、1990年(推計)の段階では感染症が上位3つを占めていました。ところが2020年(予測)になると、うつ病や虚血性心疾患といったものが非常に重要になってきます。慶応大等のグループの研究によれば、うつ病や統合失調症の社会経済的負担が、非常に大きい(うつ病:日本2兆円、米国62億ドル、統合失調症:日本2.7兆円、米国62億ドルなど)。なぜかというと、一つは罹る人が多いということです。私たちがWHOともに研究を行い、日本各地の4,000人を対象にした地域調査(聞き取り調査)を行ったところ、メンタルヘルス不調のため、一生に一度は治療が必要になる人の割合は2割近くいました。それくらい大きな問題なのです。同じ調査で、自殺を考えたことのある人の割合も高く(男性8.7%、女性10.6%)、実際に自殺を試みた人は男性で100人に一人、女性は50人に一人という割合でした。ランダムに地域で選んだ人たちでもこのような高い割合を示すのです。(2)過労死は会社にもダメージ1991年に、電通の社員が、過労のためうつ病を患い自殺した事案では、会社側が遺族に1億6,800万円の和解金を支払い決着しました。最近では会社という組織だけでなく、上司個人に対しても和解金・賠償金を求める傾向にあります。若い職員の場合、生涯賃金で計算しますので1億円を超えることが自然の流れになっていて、そのうちの1割~2割を上司が支払えと言われると、かなり厳しいものがあります。(3)「早く帰れ」と言うだけではダメメンタルヘルス対策の観点から見ると、この電通の事案では、上司である部長や課長は、部下の不調に気付いていたのですが、「早く帰って睡眠をとりなさい」と声をかけただけで、具体的な処置を何もしなかったことが問題視されたのです。ですから、何か問題が生じたときは具体的にどうするかを話し合う必要があるのです。非常に多くの方がメンタルの問題を抱えており、ある金融関係の会社の健保で調べてみると、実に約15%の方にメンタルの薬が処方されていました。他の会社や組織でも同じような傾向が認められます。ですから、上司の方々は常にこうしたメンタルの問題を抱えているのではないかということを考えながら、部下職員に接していただくことが大切です。メンタルケアに関する有名な裁判として「東芝裁判」というものがあります。これはメンタルの問題を抱えていることを上司に報告せずにいた社員が、過重労働により自殺した事案です。裁判の場で会社側は、「本人からメンタルの問題の申告がなかったのでわからなかった」と反論したのですが、裁判所は会社側の言い分を認めず、そういうことも含めて配慮するのが上司の役割であると結論しております。(4)メンタルヘルス不調と病気との関係メンタルの問題を抱えていると、体も変調をきたして、病気にも罹りやすくなります。「ストレスが強い人は風邪をひきやすい」という研究結果が、1991年に有名な海外の医学雑誌に掲載さ74 ファイナンス 2018 Jul.連 載 ■ セミナー
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