ファイナンス 2018年7月号 Vol.54 No.4
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親戚との金銭トラブルがストレスとなっていたことに初めて気づく。○自分はストレスには強いと感じていたが、うつ病になり、ストレスには勝てなかったことに気づいた。以上が小川宏さんのうつ病体験の動画です。小川さんは「体が重い」と言っていましたが、体や心の変調は「アラーム(警報)」だと捉えることが大切です。例えば、熱が出るということは体に変調が生じていることを示すものです。心に変調が生じた場合も、落ち込む、不安になる、イライラするなど様々な変化が生じます。これらは主観的な体験ですが、一方、外から見ると、好きだったことをやらなくなる、人付き合いが悪くなる、仕事上のミスが増える、睡眠不足とか食欲不振とか体の不調も出てきます。こういう時に、小川さんの奥さんのように励ましてしまうと、体がついていかない、考えがついていかないので、やはり自分はダメなのだ、と逆に追い込まれてしまうのです。「アラーム」が鳴った場合には、ちょっと立ち止まって何が問題かを考えてみることが大事です。辛いと感じるのに無理を続けることは「アラーム」を無視することになります。周囲の人たちも「あの人何か変だな」と思ったら、その人の話を聞いてあげる。その上でこれからお話しする認知行動療法の考え方も活用しながら、対話を進めてくださればよいかと思います。3.認知行動療法とは(1)悩むと考え方が固くなる認知行動療法は、1960年代初頭にアメリカの精神科医アーロン・ベックが提唱し、世界的に広く使われるようになってきました。それはベックが対話療法で効果があることを初めて立証したからです。悩んでいるときは考え方が固くなってしまっているので、その時になるべく幅広く考えていくことで解決策を見つけていこう、というのが認知行動療法の考え方です。(2) 認知(=情報処理)には偏りのない情報収集が重要になるでは「認知」とはどういうことかと言うと「情報処理」なのです。何か出来事が発生すると、私たちは瞬時にその情報を処理します。ただこの情報を処理するプロセスは必ずしも最初からバランスよく見ているわけではなくて、最初はマイナスの方から考えていくのです。ひどいことにならないように身構えるのが一般的なのです。例えばアパートの部屋に夜一人でいるとき、外でごそっと音がしたとします。すると、素敵な人が来たかな、とはまず思わない。泥棒じゃないかと身構えるのです。その次にどうするかと言うと、カーテンの隙間から外を見る、つまり情報収集をする。その上で、素敵な人だったらドアを開けるでしょうし、泥棒だったら警察に連絡するとかするでしょう。つまり、限られた情報でまずマイナスに判断して、現実を見ながら、全体に目を向けて解決策を探るのです。マイナスの考え方というのは必ずしも間違っていないのです。大事なのは、その後現実に対して目を向けて冷静に判断していくということなのです。そのとき情報を収集することが大事なのですが、嫌な情報はなるべく避けたい、と私たちは考えてしまいがちです。その時に精神の専門家など信頼の置ける人がすることは「何かあったら相談に乗るから、一歩踏み出してみよう」ということです。精神の専門家は人の心を読んで、良いアドバイスをする力はありませんが、一緒にいて何か手助けをすることができる存在にはなれるのです。先ほどの小川さんの例では、自殺しようと思ったとき家族や先輩のことが頭に浮かんで、それで現実に立ち戻ることができた、ということがありましたが、この場合の家族や先輩に相当するのが上司や専門家の役割なのです。(3)認知行動療法の効果次に認知行動療法が、日本でどの程度効果があるのかを研究し、「うつ薬を使って効果がなかったうつ病の患者に認知行動療法を追加した場合」と「それまでの投薬だけの治療を継続した場合」とで、効果に違いがあるかどうかを調べました。 ファイナンス 2018 Jul.73連 載 ■ セミナー
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