ファイナンス 2018年7月号 Vol.54 No.4
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は、主に長期的な乗数の値に影響を及ぼすと指摘しており、債務残高比率が1%上昇すると5年後の財政乗数の値は0.01低下すると述べている。3.5.国際経済環境最後に、開放経済か否か、為替制度の違いに着目する。IS-LM分析の枠組みに海外部門を導入したマンデル-フレミング・モデルでは、財政支出の増加により生産量が拡大して金利が上がると、外国の資本が流入して自国通貨への増価圧力がかかる。固定相場制の国では、金融当局が増価を抑えようと貨幣供給量を増やし、これが金利の低下につながり生産量拡大へ貢献する。しかし、変動相場制の国では為替レートに応じて積極的には貨幣供給量を操作しないため、実質為替レートが増価する。それが結果的に輸出の増加を減らすため、財政支出の増加の効果は輸出減の効果によって相殺されてしまい、生産量はあまり変化せず財政政策の効果が弱まってしまう。以上より、(1)財政政策の効果は、開放経済では閉鎖経済よりも小さく、(2)開放経済においても、固定相場制では乗数は大きいが、変動相場制では乗数は小さくなる。Ilzetzki et al.(2013)では、国際経済環境に注目した分析も行っており、(1)開放経済では閉鎖経済よりも乗数が小さい、(2)さらに開放経済下でも、固定相場制下では乗数は比較的大きいが、変動相場制下では乗数はマイナスとなる、という推定結果を示した。マンデル-フレミング・モデルでは変動相場制下の乗数は小さいもののマイナスにはならないが、Ilzetzki et al.(2013)では、変動相場制下の乗数がマイナスになるという結果が示されている。この理由としてIlzetzki et al.(2013)は、マンデル-フレミング・モデルのようなチャネルの影響は明確に確認できなかったものの、財政支出を増加させた後に固定相場制の国では政策金利を抑える一方、変動相場制の国では政策金利を上げていることから、財政政策の効果の違いは、金利の調節そのものの違いに起因するとしている。またIlzetzki et al.(2013)は、金利の調節に対して、民間消費が反応(固定相場制では正の反応、変動相場制では負の反応)しており、それが財政政策の効果の違いに反映されているとしている。国際経済環境の違いに注目して分析を行っている研究としては、Corsetti et al.(2012)やBorn et al.(2013)も挙げられる。ともにOECD諸国のパネルデータを用いて分析を行っており、変動相場制では固定相場制よりも財政政策の効果が小さいという結果を示している。4.まとめ本稿では、財政乗数について、経済環境の違いという観点から、先行研究を概観してきた。今回着目した経済環境は、(1)好況と不況、(2)ゼロ金利、(3)政府債務残高、(4)国際経済環境(為替制度など)、である。本稿の議論を簡単にまとめる。第一に、不況期の方が好況期よりも乗数の値は高くなる傾向がある。第二に、ゼロ金利の時は通常時に比べて財政政策の効果は大きくなる。第三に、政府債務残高のレベルが高い国は、財政政策の効果が薄くなってしまう。最後に開放経済下では閉鎖経済下の時よりも乗数の値が低くなってしまう。とりわけ変動相場制の場合は、固定相場制よりも乗数の値は低い。これまでの議論からも分かるように、財政乗数の値は経済環境によって異なる可能性が高い。そのため、先行研究においても結果は多様であり、財政政策の効果の大きさに関しては依然としてコンセンサスが得られていない状況である。財政政策の効果を考える際は、どのような経済環境下に置かれているのかを深く考える必要があるだろう。近年は、経済環境による財政政策の効果の違いについて分析する論文が益々増えてきている。財政政策の効果についてのさらなる理解のために、今後も様々な観点から乗数効果について論じることが望まれる。参考文献[1] Auerbach, A. J., and Gorodnichenko, Y.(2012a)“Measuring the output responses to fiscal policy.” American Economic Journal:Economic Policy, 4 (2), 1-27.[2] Auerbach, A. J., and Gorodnichenko, Y.(2012b)“Fiscal multipliers in recession and expansion.” In Fiscal Policy after the Financial crisis(pp. 63-98). University of Chicago press.[3] Auerbach, A. J., and Gorodnichenko, Y.(2017)“Fiscal multipliers in Japan.” Research in Economics, 71 (3), 411-421.[4] Bi, H., Shen, W., and Yang, S. C. S.(2016)“Debt-dependent effects of fiscal expansions.” European 62 ファイナンス 2018 Jul.連 載 ■ 日本経済を考える

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