ファイナンス 2018年7月号 Vol.54 No.4
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過去の「シリーズ日本経済を考える」については、財務総合政策研究所ホームページに掲載しています。http://www.mof.go.jp/pri/research/special_report/index.html財政乗数についての諸議論財務総合政策研究所総務研究部 研究員森 泰二郎*1シリーズ日本経済を考える791.はじめに「財政政策の効果はどの程度であるだろうか」という問題について、多くの研究者たちが長年にわたって議論してきた。しかし、研究によって推定結果が異なっており、現時点でもコンセンサスは得られていない。様々な推定結果が存在する理由として、それぞれの分析が前提としている経済環境、すなわち好況・不況のような景気循環の局面や金融政策、債務残高、国際経済環境などが、国や時代によって異なりうることが考えられる。実際に最近の研究では、経済環境による財政乗数の差異についての研究も多く行われている。経済環境が大きく変化するなかで、経済環境の違いを考慮して財政乗数を捉えることは重要である。本稿は、先行研究でなされてきた議論をサーベイし、経済環境の違いに着目をして、財政政策の効果がどのように変わるのかを確認する。本稿の構成は以下の通りである。次節では、まず財政乗数の簡単な説明を行ったあと、各モデルでは乗数がどのように捉えられているのかを説明する。第3節では、財政乗数の諸議論を、特に経済環境の違いに着目をして整理を行う。第4節を本稿のまとめとする。2.財政乗数のメカニズム財政乗数とは、「政府の経済活動(支出・収入)の1単位の変化が、何単位のGDPの変化をもたらすかを表す比率」である。古典的なケインズ経済学におけるモデルでは、財政支出の増加や減税は、最終的にその数倍の需要拡大効果をもたらすとされている。そのメカニズムを以下に簡潔に説明する。45度線モデルでは、財政支出を増加させると、同じだけ生産、所得が増える。そうすると増えた総所得のうち限界消費性向(新たに増加した所得1単位分のうち消費に回す割合)分だけ消費に回され、これが再び生産、所得の増加につながる。結果的に生産量の増加は、最初の財政支出の増加と、そこから派生した消費の増加の総計と等しくなる。これが乗数効果と呼ばれるものである。また、上記のモデルに貨幣市場を加えたIS/LMモデルでは、金利の動きを考慮する。このモデルでは、財政支出が貨幣需要を増加させることで金利が上昇するため、民間の投資は減ってしまう。この効果をクラウディング・アウトという。つまり、財政支出の効果は、減少した民間投資を差し引いた効果となり、クラウディング・アウトがどの程度起こるのかが重要となる。他のモデルでは、乗数は以下のように捉えられてきた。1970年代に、ケインズ経済学に欠けていたミク*1) 本稿の執筆にあたって、財務総合政策研究所の木村遥介研究官、山崎丈史主任研究官、主計局の矢原雅文課長補佐より有益な助言や示唆をいただいた。ここに記して感謝の意を表する。なお、本稿の内容や意見はすべて筆者の個人的な見解であり、財務省及び財務総合政策研究所の見解を示すものではない。 ファイナンス 2018 Jul.59連 載 ■ 日本経済を考える
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