ファイナンス 2018年7月号 Vol.54 No.4
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わが愛すべき80年代映画論(第十二回)文章:かつお原作:かわぐちかいじ監督:高橋良輔脚本:吉川惣司「沈黙の艦隊」DVD発売中販売元:バンダイナムコアーツ(c)かわぐちかいじ/講談社・サンライズ「沈黙の艦隊2」DVDも発売中『沈黙の艦隊』1996年(原作:『モーニング』(講談社)に掲載1988年~1996年)*1「占領するならしてもらおう。51番目の州にすればいい。そうしたらGNP西側2位、人口1億2,000万人の巨大な州の誕生だ。だがな、臥薪嘗胆といって、何年後かは分からないが、大統領はあなたに代わって日本人から出る。必ず日本はアメリカを乗っ取るぞ!」ハワイ・オアフ島タートルベイホテルの15階・特別会議室で行われた日米首脳会談の席上、「Japan Reoccupation Plan」(日本再占領計画)を持ち出したアメリカ合衆国大統領ニコラス・J・ベネットに対し、官房長官・海原渉がそう言い放つ。マレットヘアー、肩パット、MA-1、エアロビにレッグウォーマー…。80年代アメリカ文化にすっかり汚染された当時の日本の若者の脳みそに、まるで銃弾を撃ち込むように強烈なアイデンティティーを叩き込んだ珠玉の国際政治ドラマである。ストーリーは日本初の原子力潜水艦*2が極秘裏に建造され、艦長・海江田四郎二等海佐の指揮の下、米国第七太平洋艦隊所属として静かな船出をするも、試験航海の最中に音響魚雷をぶっ放して逃亡。やがて独立国「やまと」と名乗り、核を持った攻撃型原潜として航行することになる、というもの。それは「国家」なのか「原潜」なのか。日米同盟を守り同胞を殺すのか、それとも国家の意志を示しアメリカと対立するのか。困難な問いかけを日本政府に「やまと」が投げかける。米国大統領は核テロリストの反乱事件として「やまと」抹殺に全力を挙げるも、海江田艦長の類まれな操艦術でことごとく敗退。やがて世界が核戦争の脅威にさらされる中、ニューヨーク港にたどり着く海江田。最後はニコラス・J・ベネットと歴史的な握手を行い、国連総会で共に、海江田の理想「政軍分離」を訴えるのである。連載開始の1988年。日本の名目GDPは400兆円だが、成長率は7%、プライマリーバランスは▲2.6兆円という、現代の主査からみたら「なんでも出来ちゃうじゃん」という垂涎の状況。まさにバブルの絶頂期の「やっちゃえ」感で作られた本作だが、その割に、極めて重厚なリアリティ路線を貫いた本作は、落合信彦を愛読し国際政治の何たるかを分かっていた(つもりになっていた)多くの日本人が安全保障、国際政治の現実に目を覚ました(つもりになった)きっかけになったことは間違いない。そんな時代背景の平成2年の5月。わずか3か月前に初当選した公明党・山口那津男議員の初質問、石川要三防衛庁長官に「沈黙の艦隊、お読みになったことがございますか」という問いかけを行った。「やはり先生と私の年の差といいますか…私は大正生まれなもんですから、大体、そういう漫画というものは『サザエさん』くらいしか見たことがありません。」という、伝説的な答弁を引き出したことはあまりにも有名である。『沈黙の艦隊』と『サザエさん』。同じ“海”をテーマにしながら、ここまで違う作風のものをぶつけてくる防衛庁長官の迎撃システムには、当時の防衛庁、幕僚監部のみならず多くの有権者が感服したことは言うまでもない。いずれにせよ、国家ではなく「核テロリスト」として認識されていた体制が、世界を核の恐怖に陥れ、そのストレスがやがて融和に向かうモメンタムを生み、割とあっという間に合衆国大統領と対等な立場で握手を交わし、平和を宣言する。あれ?これつい最近どっかで見たな、という思いを持つ多くの読者諸兄は、原作者かわぐちかいじの30年前の先見の明に舌を巻くしかないことは言うまでもない。*1) TVスペシャル版*2) DVD表紙画像参照 ファイナンス 2018 Jul.53わが愛すべき80年代映画論連 載 ■ わが愛すべき80年代映画論

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