ファイナンス 2018年7月号 Vol.54 No.4
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具体的な働き方改革の例として、勤務間インターバルについては、日立製作所が終業と始業の間に最低11時間の休息を確保することで労使が合意*19。長時間労働の是正については、シャープが残業時間上限を、法律に先立つ形で年間750時間から720時間まで短縮することを合意した*20。さらに、ユニークな例として、パナソニックでは小学生以下の子どものいる工場勤務の社員らが要求すれば、午後10時以降の深夜勤務が免除される制度を創設した。こうした労働環境改善のための大きなうねりは、政労使の協力的な取組の成果であるということができよう。5おわりに第2章で見たように、労使交渉はこれまでもその社会的な役割が時代とともに移り変わってきた。最後に、2018年の春季労使交渉で見られた3つの特色について総括する。第一点目として、第4章で見たように、これまでの労使交渉のプロセスとは違い、政府がまず3%の賃上げを提示し、それに呼応するように経済界が3%という目安を掲げたことが挙げられる。賃上げに対して比較的消極的な態度をとっていた経済界が、政府の要請を意識し、高い水準の目安を具体的な数値とともに提示するに至ったことは、春季労使交渉における政府の間接的な働きかけがより影響力を持つようになっていることが示唆されたと言える。第二点目は、第一点目の分析を通して浮かび上がっ*19) 2018年3月17日日本経済新聞朝刊「賃金交渉’18人への投資 解を模索」*20) 2018年4月23日朝日新聞朝刊「春闘、「働き方改革」先取り 大手、勤務間休息や労働時間削減」た、賃金波及パターンの機能不全である。春季労使交渉のパターンセッターは、1970年代後半に鉄鋼から自動車に移って以降、約40年もの間トヨタ自動車がその役割を実質的に担っていた(荻野, 2017)。しかし、2018年春季労使交渉では、ついにトヨタ自動車がベアを非公開としたことで、パターンセッターや賃金波及パターンという概念が薄れつつあると言える。第三点目は、今年の労使交渉において、賃上げだけでなく、「働き方改革」が政労使の大きな共通目標として掲げられたことである。実際に、第4章の分析から、働き方改革に関する法律を先取るような要求への対応や、法律の要求水準以上の労働環境整備を行っている企業が多かったことも分かった。図表2が示したように、高齢者や女性などの潜在的な労働力が労働市場に流入することで、非正規雇用の増加はますます拍車がかかっていく。多様化する働き方へのニーズに対して、使用者側が柔軟に適応していくことが希求される中、労使交渉は個々の企業とそこでの働き方に関するきめ細かい対応を議論する場として、その存在感をさらに強めていくものと考えられる。以上、春季労使交渉の歴史を紐解きつつ、その社会的意義の変遷や今年の労使交渉の歴史的意義について論じてきた。上記のような2018年の変化を起点としつつ、今後の春季労使交渉の社会的な役割がどのように進化・発展していくのか、引き続き注視していくことが必要であろう。図表6:働き方改革の取組要求事項2018.7.6公表2017.7.5公表要求・取組回答・妥結要求・取組回答・妥結長時間労働の是正36協定の点検や見直し1.477707――インターバル規制の導入に向けた取り組み32718628191年次有給休暇の取得促進に向けた取り組み1.509778940419職場における均等待遇実現に向けた取り組み無期労働者への転換促進および無期転換ルール回避目的の雇い止め防止と当該労働者への周知徹底1.23170263368一時金支給の取り組み624246223141福利厚生全般および安全管理に関する取り組み(点検、分析、是正等の取り組み)4869719086社会保険の加入状況の確認・徹底と加入希望者への対応47966902男女平等の推進男女間賃金格差の実態と要因把握・点検、改善へ向けた取り組み5419321717男性の育児休業取得促進に向けた取り組み279247――(出典)連合『労働条件に関する2018春季生活闘争及び通年(2017年9月~)の各種取り組み』より筆者作成50 ファイナンス 2018 Jul.
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