ファイナンス 2018年7月号 Vol.54 No.4
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い、と説く。そして、(ワインに関する税率が存在しないという)この穴を埋めるために、フランスのワインについて20%の関税率を設定しようと提案する。日本側は、イギリス、アメリカ及びロシアがワインを生産していないと聞いたのは初めてで、その事実の正確性に疑念を持たないとしても、これらの国に属する人の口から聞いて確認したいと述べる。これに対し、グロ男爵は、日本側に対し、致酔性リキュールへの関税率35%の規定はどこから来たのか、禁酒団体の一員と思われるアメリカのハリスの求めであったのか、それとも日本政府からなのかを尋ね、日本側はアメリカ全権委員ハリスの提案に基づくと答える。グロ男爵は、「ほらやっぱり、これが、アメリカがワインを生産していないもっとも素晴らしい証拠であって、他の証言は無用である」とし、さらに、35%の税率は完全に輸入禁止に等しいもので、欧州の軍艦が日本を訪問しに来るとき以外には、日本人は、シャンパンも赤ワインもおそらく飲めなくなるだろうと付け加える*39。このグロ男爵の見解は、日本側の奉行達を少し考えさせ、赤ワインについては直ちに却下されたものの、シャンパンをどうするかについては奉行達の間で活発で友好的な議論がなされ、これは疑いなく(9月22日の)奉行達のラプラス号への訪問の際の(シャンパンでの)もてなしを思い出してのことだとフランス側は記録している*40。しかし、最後に、一番目の全権委員(水野筑後守忠徳)はその同輩を代表して、明瞭かつかなり冷たい調子で、アメリカ、イギリス及びロシアとの間で既に採用している関税率を変える理由が見当たらず、もし、日本側で今後フランスワインの必要性が感じられたならば、関税率を定める貿易章程上、5年経った後に可能と規定される関税率変更を行えば良い、さらに外国のワインも同じように美味しくはあるが日本は自らの「ワイン」(清酒のことと思われる)で満たされている、と答える。グロ男爵は、イギリスに対しては日英条約の貿易章程において、羊毛・綿製品への5%という低関税率を容認し、しかもそれは日本の産業にとって有害となる*39) 同上61頁。*40) 前掲ド=シャシロン著「日本、中国及びインドについての記録」163頁。奉行達がシャンパンのことを相当気に入っていたことが分かるエピソードである。*41) 江戸会議第5回協議議事録(前掲アンリ・コルディエ著「フランスの日本との最初の条約」63頁)可能性が高い一方で、フランスに対しては、贅沢品で日本の貴族しか飲めずしたがって日本の産業に害を与える力のないワインに対するわずかな関税率の引下げすら日本側が拒否していると指摘し、自分が提案する20%の関税率ですらほぼ禁酒的な関税率であるのに、と反論するも、日本側はすでに(他の国と)合意した点を超えて欧州列強に一歩も譲らないというこだわりを守り、協議は午後5時に終了した。このように第4回協議では、条約正文の言語とワインの関税率の問題に関し、日本側がフランス側の問題提起に対し上手く切り返している点が注目に値する。(7)条約交渉会議第5回協議(10月2日)第5回目の協議は、10月2日午後3時45分から開始され、第4回目の協議で先送りした第22条の条約の正文言語の問題について話し合われた。フランス側から新たな条文案が示されたが、その内容は、○条約の和文版及び仏文版は、内容及び適用範囲は同じである○さらなる正確性のため、各条にその正確な翻訳である蘭文を付し、仏文と和文の間で異なる解釈が生じたときは蘭文に拠る○蘭文の内容は日米、日英、日露の各条約の一部をなす蘭文の条文と異なるところはないというもので、日本側はこれを承諾した*41。次に、日本側から、批准書の交換をどの言語で行うか質問があり、グロ男爵は、条約原本で用いられている言語において書かれた文書が事前に準備された上で批准が行われる、したがって、この条約の場合は、仏語、日本語、オランダ語であると答え、日本側はこの答えに満足したと記されている。しかしながら、その後、フランス全権委員に対してなされる和文の条文の交付に関し、日本側からグロ男爵に対し、困難な問題が提起された。この和文の条文の交付の議論に関するフランス側の記録には、フランス側が誤って理解している点が見受けられるので、その正確性についてはかなり割り引いて考えなければならないが、以下、フランス側の記録をそのまま引く ファイナンス 2018 Jul.31
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