ファイナンス 2018年6月号 Vol.54 No.3
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3. 対外バランス評価で用いられる モデルの概要3.1 対外バランス評価で用いられる基本モデル前節では対外バランス評価の概要について記載を行ったが、本節ではもう少し詳細に対外バランス評価のモデルについて解説する。前述のとおり、対外バランス評価では、貯蓄投資バランス(ISバランス)に加え、国際収支統計の関係を考慮にいれた計量経済学的なモデルを用いている。対外バランス評価では、経済学の理論をベースに、ISバランスについて、貯蓄・投資・経常収支に影響を与えるその他の変数を考慮するが、その関係を下記のような形で表現する。S(NFA,Y,r,Xs)-I(Y,r,XI)=CA(Y,REER,Ywo,XCA) (1)’ここでカッコ内に含まれている変数は貯蓄・投資・経常収支が影響を受ける経済変数を示している。たとえば、貯蓄の場合、S(NFA,Y,r,Xs)のようにNFA,Y,r,Xsがカッコ内に含まれているが、これは貯蓄に対して、純海外資産(NFA)などが影響を与えることを意味している。一方、国際収支統計の関係式についても下記のように、経常収支と資本収支に与える変数を表現する。CA(Y,REER,Ywo,XCA)+CF(r-rwo,REER,XCF)=∆R (2)’なお、 Yは国内のアウトプットギャップ、Ywoは海外のアウトプットギャップ、rは金利、XsおよびXIはそれぞれ消費・貯蓄および投資を変化させる変数*5、XCAおよびXCFはそれぞれ経常収支および資本収支を変化させる変数*6、REERは実質実効為替レートである。実効為替レートとは、ある国が多くの国々と貿易している点を考慮するため、各国との為替レートを貿易額で調節した加重平均値である(実質実効為替レー*5) 消費・貯蓄については例えば一人当たり所得や人口など、投資については期待所得やガバナンス等。詳細はPhillips et al.(2013)を参照。*6) 経常収支については例えば世界のコモディティ価格をベースにした交易条件等、資本収支については、世界におけるリスク回避度にかかる指数等。詳細はPhillips et al.(2013)を参照。*7) 実質実効為替レートについては伊藤等(2011)などを参照のこと。なお、実質実効為替レートを作成する際、従来のように貿易量ではなく、金融資産をベースに、実質実効為替レートを算出する方法もある。Lane and Shambaugh(2010)やGelman et al.(2015)等を参照。*8) β1,…,βn,γ1,…,γmはデータを用いて推定された係数を示している。トとは、さらに名目実効為替レートを物価変動で調節した為替水準である)*7。対外バランス評価では多数の国を同時に分析すること等を背景に、為替水準の中でも、実質実効為替レートが評価の対象とされている。対外バランス評価モデルでは経常収支と実質実効為替レートが式(1)’と(2)’の連立方程式に基づき、他の変数との関係の中で決定される。経常収支と実質実効為替レートがこれらの変数に影響を受けていることを表現するため、下記のように、経常収支および実効為替レートが複数の経済変数によって決定されると表現する(Zはアウトプットギャップと短期金利の関数である)。CA=CA(XI,XS,XCA,XCF,Z,Zwo,∆R)(3)REER=REER(XI,XS,XCA,XCF,Z,Zwo,∆R)(4)3.2 ありうべき水準(経常収支の例)前述のとおり、対外バランス評価モデルでは「ありうべき水準」を計算するため、経常収支に影響を与える変数を「構造変数」と「政策変数」に分類する。ここでは「構造変数」には(x1,…,xn)というn個の変数がある一方、「政策変数」には(p1,…,pm)というm個の変数があるとする。そのうえで、経常収支(CA)が「構造変数」と「政策変数」について、下記のように線形の関係で定まるとする(αは定数項、β1,…,βn,γ1,…,γm)は各変数が経常収支に与える影響度合い(係数)、εは誤差項)。CA=α+β1x1+…+βnxn+γ1p1+…+γmpm+ε (5)上記のモデルをベースに、各国のデータを用いて係数の推定を行うが、対外バランス評価モデルにおけるありうべき水準(EBA norm)は、この推定結果をベースに、実際の政策変数(p1,…,pm)からIMFが想定する望ましい政策変数(p1*,…,pm*)へ置き換えることで算出する*8。̂̂̂̂構造変数による影響政策変数による影響 ファイナンス 2018 Jun.69シリーズ 日本経済を考える 78連 載 ■ 日本経済を考える

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