ファイナンス 2018年6月号 Vol.54 No.3
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3節では対外バランス評価のモデルを説明する。4節では「対外部門の安定性に関する報告書(ESR)」について特に日本への評価および諸論点について整理をする。2. 対外バランス評価モデルの背後に ある考え方2.1 対外バランスとは前述の通り、対外バランス評価では特に経常収支と為替水準の行きすぎについて評価を加えるが、その評価において軸となる考え方は、貯蓄・投資バランス(ISバランス)と国際収支統計である。ISバランスでは、経常収支が貯蓄と投資の関係で決定されると考える。ある国における投資が国内の貯蓄で賄えない場合、海外から資金調達を行う必要がある。逆に、投資以上に貯蓄が国内にある場合、国内の貯蓄は海外への投資に用いられる。このように国内における貯蓄・投資のバランスは対外的な資金の動きと密接な関係を持つ。ISバランスでは、下記の通り、貯蓄(S)、投資(I)の差額により経常収支(CA)が決定されると考える。S-I=CA(1)一方、国際収支統計とは一定の期間における居住者と非居住者の間で行われたあらゆる対外経済取引を体系的に記録した統計であり、財・サービスの取引に関する経常勘定と金融取引に関する資本勘定に分類される。経常収支の黒字と資本収支の赤字はほぼ等しい関係にあるが、これは財やサービスが取引された場合には、その背後で資金の受渡があることを反映している。具体的には、国際収支統計では、経常収支と資本収支(CF)の合計が外貨準備増減(∆R)に一致する*2。CA+CF=∆R(2)対外バランス評価を行う上での基本モデルは、(1)と(2)の中で、経常収支と為替水準が定まると考えるが、詳細は次節で説明する。*2) 我が国では2014年から国際収支統計が改定され、大項目が経常収支と資本収支から、経常収支、金融収支、資本移転等収支へと変更された。*3) たとえば、A国のB国に対する為替水準が高すぎるという評価がなされる一方で、B国へはA国への為替水準が適切となされたりした。また、世界全体のありうべき経常収支の総額がゼロから大きく乖離したりした。詳細はIEO(2017)などを参照されたい。2.2  対外バランス評価における「ありうべき水準」対外バランス評価の最大の特徴は、経常収支および為替水準に対して「ありうべき水準(規範的な水準)」を定めるという価値判断を行う点である。前述のとおり、経常収支や為替水準は各国における貯蓄と投資に基づき決定されるが、各国毎に経済状況が異なるため、各国の経常収支がゼロである状態が必ずしも望ましいわけではない。冒頭で指摘したとおり、例えば、高齢化が進んでいる国では相対的に貯蓄が多くなる一方、国内に相対的に投資機会が少ない場合は対外投資が増加するため、貯蓄及び投資は各国が置かれた経済環境に依存する。このことは家計が借り入れをすることそのものが悪いわけではなく、家計が置かれた状況に依存することと同じである。しかしながら、たとえば、為替介入や国際資本規制など自国優先政策によって対外バランスが影響を受けていることもある。したがって、それらを取り除いたありうべき水準を考える必要がある。対外バランス評価モデルでは、経常収支および為替水準に影響を与える変数を、「構造変数(structural variables)」と「政策変数(policy variables)」に分ける。「構造変数」は各国の政策には依存しない経済構造にかかる変数である一方、「政策変数」は各国の政策によって変化しうる変数である。すなわち、対外バランス評価では、各国が政策によって変更可能な部分に焦点を当てて、その政策が適切であるかどうかを検討することにより、ありうべき経常収支や為替水準について評価を行う。より詳細にいえば、IMFが考える適切な政策がとられた状態を「ありうべき水準(規範的な水準)」としたうえで、現状との乖離を分析することで、対外不均衡が行きすぎであるかどうかの評価を行う。なお、経常収支と為替水準の評価はIMFの主要な役割であり、1997年からは「Consultative Group on Exchange Rates(CGER)」と呼ばれる定量的な評価の仕組みがあった。しかし、各国担当者による評価は必ずしもこれに基づくことはなく、また、世界全体として矛盾した結論がみられたこともあった*3。し ファイナンス 2018 Jun.67シリーズ 日本経済を考える 78連 載 ■ 日本経済を考える

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