ファイナンス 2018年6月号 Vol.54 No.3
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過去の「シリーズ日本経済を考える」については、財務総合政策研究所ホームページに掲載しています。http://www.mof.go.jp/pri/research/special_report/index.htmlIMFによる対外不均衡の評価 について*1東京大学大学院経済学研究科 准教授、財務総合政策研究所 特別研究官植田 健一財務総合政策研究所 研究員服部 孝洋シリーズ日本経済を考える781.はじめに国際通貨基金(International Monetary Fund, IMF)は、経常収支の偏在や為替水準の行きすぎなど、いわゆる対外不均衡に関して定量的な評価を行っている。IMFでは特に2012年以降、世界金融危機の教訓を念頭に置き、世界の主要28カ国とユーロ圏を対象に体系的な年次評価を実施している。Obstfeld(2017)によれば、対外不均衡に関し、早期にそのリスク要因の進行を発見し、各国に対して政策アドバイスを提供することがその目的である。IMFはその成果を年一回発行される「対外部門の安定性に関する報告書(External Sector Report, ESR)」に報告するとともに、その評価にかかる考え方やモデルの詳細を、ウェブサイトを通じて公表している。適切な経常収支や為替の水準については中・長期的な経済構造やその時々の経済状況に依存するがゆえ、対外不均衡を評価するにはモデルを用いた定量的な分析が必要になる。IMFでは経済理論に基づいた「External Balance Assessment(EBA、対外バランス評価)」モデルを用いている。このモデルでは主に、国内外の貯蓄と投資のバランスの関係で経常収支をとらえている。例えば、高齢化が進んでいる国では相対的に貯蓄が多くなる一方、国内に相対的に投資機会が少ない場合は対外投資が増加する。このような構造的な要因を加味したうえでありうべき政策を仮定し、経常収支や為替の本来の水準を求めている。そこからの乖離を「【過剰な】不均衡」としている。本稿ではIMFによる「対外不均衡の評価」がどのような考え方・プロセスに基づいているかについて平易な解説を行う。そもそもIMFは、世界銀行とともに、1944年にブレトンウッズ体制として作られた機関であった。これは世界大恐慌後の各国の保護主義の高まりによる国際経済の混乱を招いた反省にたって、自国第一主義の政策運営に国際的に歯止めを立てるために作られた経緯がある。ただし、各国が文句を言うだけでは埒が明かないので、伝統的な経済学に基づき、できるだけ科学的な方法で、対外部門の安定性に対して報告を行っている。本稿も可能な限り中立的にIMFによる対外不均衡の評価に対して解説を加えている。対外不均衡の評価については各国にとって利害関係が大きい経常収支や為替水準を取り扱っていることから各国の不満も少なくない。特に、経常収支や為替水準にかかる諸問題は、ある国にとって望ましい結論は別の国にとって不満になりやすく、すべての国が満足する結果は得にくい。日本の評価についても一部触れるが、本稿では各国への評価にあまり立ち入らず、あくまでIMFがどのような考え方に基づき、経常収支や為替水準の問題を考えているかに焦点を当てている。本稿では、2節でIMFによる対外バランス評価モデルの背後にある考え方について簡単に解説したうえで、*1) 本稿を作成するうえで、財務省財務総合政策研究所の土井俊範所長、小平武史財政経済計量分析室長、財務省国際局国際機構課、IMFでは古澤満宏副専務理事, Research Department, Japan Team, Asia Pacic Department, Independent Evaluation Ofce, 北野賢治エコノミスト等より有益な助言や示唆をいただいた。本稿の内容や意見は全て筆者の個人的な見解であり、財務省及び財務総合政策研究所の見解を示すものではない。66 ファイナンス 2018 Jun.連 載 ■ 日本経済を考える

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