ファイナンス 2018年6月号 Vol.54 No.3
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評者渡部 晶稲継 裕昭 編著東日本大震災大規模調査 から読み解く災害対応 ―自治体の体制・職員の行動第一法規株式会社 2018年3月 定価2,500円(税抜)本書は、「日本学術振興会・東日本大震災学術調査委員会のもとに置かれた『行政・地方自治班』が岩手県、宮城県、福島県の3県の職員の方々及び3県内の沿岸部37市町村職員の方々(いずれも課長級)を対象として行ったアンケート調査結果を集計し、分析したもの」で、アンケート調査は、「被災自治体の皆様が、東日本大震災の応急対応及び復旧・復興活動を行うにあたり、どのような困難に直面し、またその困難に対してどのように対処されたか」を明らかにするために実施された。編著者は、現在早稲田大学政治経済学術院教授で、行政学を専攻する稲継裕昭氏である。「はしがき」に続き、「序章 本書の位置づけと調査の概要」(稲継教授)では、この調査が、震災後3年経過した時点の2014年2月~4月に、いわゆる郵送調査方式で行われたことなどの調査の設計や、各章の概要が簡潔にまとめられている。調査対象数1325名に対し、有効回収数が1018票(有効回収率76.8%)となったという。「第1章 自治体の危機管理体制は有効に機能したか」(大谷基道(獨協大学法学部教授))では、東日本大震災への対応に際し、「既存の組織、計画等はまったく役に立たなかったとの批判も耳にする」が、「現場の職員は一定の評価を与えていることが見てとれる」とする。「状況の不確実性、予測の困難性を所与としたうえで、予め状況を標準化し、単純化された対応を定めておくこと」が基盤となり、想定外の事態への参考や応用になるという。あわせて、職員の能力向上や意識改革の重要性に触れる。「第2章 復興過程のなかでの住民意識と行政対応」(松井望(首都大学東京都市環境学部都市政策科学科教授))では、7割の市町村で多くの要求等を住民から受けた中で、十分に対応できたと回答した市町村が5.5割であった事情の説明を試みた。必ずしも組織の規模が要因ではなく、職員の「個々の職に至るまでの経験とその経験を生かす職場の体制が大きく左右している」とする。また、災害時の医療救護における「トリアージ」のような、段階別対応(業務の「ふるいわけ」)が、必要不可欠であることを指摘する。「第3章 震災に直面した職員に求められる対応と今後の備え」(本田哲也(愛媛大学大学院教育学研究科講師))は、自由記述の回答を分析した。震災時には事前に想定できなかった仕事に取り組むことになり、住民からも多種多様な要求等が寄せられたと指摘する。また、情報収集、共有、伝達についての改善点があること、優先順位をつけ、優先して取り組むことで実現できる依頼・要求に注力することが、自治体への信頼につながるとする。さらに、人員の確保、訓練・準備の重要性(県はBCPのような計画志向、市町村は職員の資質向上などを志向し、県と市町村の違いがあるという指摘は興味深い)が指摘される。「第4章 被災地自治体と他機関・自治体との連携」(稲継教授)を読むと、日本の行政は、国・県・市町村で管轄領域や権限が重複するため、その調整過程に困難があることを痛感する。権限が明確な消防・警察・自衛隊とはその点の困難が少なかったという。「第5章 災害関連業務と自治体職員―どのように「非常時」から「平時」へ認識が戻るのか―」(河合晃一(金沢大学人間社会研究域法学系講師))では、「被災自治体の職員を充足するための人的支援の仕組みが復旧・復興活動の実態だけでなく、被災自治体職員の認識にも効果をもたらす」ことを明らかする。「第6章 市町村規模、市町村合併と震災復興に対する職員意識」(中村悦大(愛知学院大学総合政策学部准教授))で、市町村には、政策的に非常に多くの役割が求められているが、「実際に役立つ対応というものは自治体規模ごとに異なる可能性」を示唆する。「第7章 農水産系職員が関わった復旧・復興業務―農業普及指導員とネットワーク―」(竹内直人(京都橘大学現代ビジネス学部教授))は、農林分野に特有の普及指導委員という制度を中心とするネットワークの存在に注目する。「補章」は、調査票と回答一覧となっている。各章はそれぞれに連関し多岐にわたる貴重な分析内容となっており、すべてを紹介しきれていないが、社会科学による学術的な成果を未来への備えとして十二分に活かしていくことは、これからの日本の政策形成において、極めて重要だと思う。広く一読をお勧めしたい。58 ファイナンス 2018 Jun.ファイナンスライブラリーFINANCE LIBRARYファイナンスライブラリーライブラリー

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