ファイナンス 2018年6月号 Vol.54 No.3
61/96

評者東京大学公共政策 大学院特任教授/財務総合政策研究所上席客員研究員西沢 利郎荒巻 健二 著金融グローバル化のリスク市場の不安定性にどう対処すべきか日本経済新聞出版社 2018年4月 定価3,800円(税抜)世界経済を眺めると金融グローバル化のリスクが再び顕在化しつつある。南米アルゼンチンのマクリ政権は、5月8日、通貨ペソの急落を受けて国際通貨基金(IMF)の支援に向けた協議に入ることを明らかにした。度重なるデフォルト(債務不履行)の歴史をもつアルゼンチンの窮状には既視感がある。前政権が掲げた反グローバリズム的な政策を転換し、国際金融システムと協調した構造改革路線をとり、15年ぶりに国際資本市場への復帰を果たした矢先の暗転である。米国の長期国債金利が3%を超えるなか、ドル金利の先高感を背景に新興市場諸国からの資本流出への懸念が高まっている。世界経済の先行き不透明感が増大しているこの時期に発刊された本書は、あるべき政策対応への示唆を与えるものとして時宜を得ている。著者は、国際金融の現場で長年にわたり政策に携わり、学界に転じてからは実務家の知見を活かしつつ、国際金融の本質に切り込む研究業績をあげている。その原点には、アジア通貨危機前後の生々しい体験をへて抱いた強い疑問があるという。核心にあるのは、金融グローバル化の一環として推進されてきた国際的な資本取引自由化に関する理論と実証的根拠とのギャップを埋め、如何にして実効的な対応策を構築するかという問題意識である。本書は、理論的な議論を踏まえつつ、歴史的な視点と実務家的な発想から金融グローバル化のリスクを浮き彫りにし、実効的な非伝統的措置導入の必要性を主張する労作である。著者は、第1章で金融グローバル化が金融危機発生のリスクをはらむことを示したうえで、第2章(アジア通貨危機)、第3章(世界金融危機)、第4章(欧州債務危機)では、危機の発生と展開過程を臨場感あふれる筆致で詳述し、資本フローの不安定性と「荒削りな」論拠に基づく資本取引自由化がもたらすリスクを説得的に示している。第5章では金融グローバル化を推進したIMFや米国の役割について検証し、第6章では、IMFの理事会議事録を含む多くの公開文書の丹念な分析でIMFの政策転換の過程をたどり、パラダイムシフトが如何に長期を要するかを明らかにしている。なお、詳細な脚注と巻末の参考資料も、きわめて利用価値が高い。著者の現状認識は「国際社会は金融グローバル化がもたらす市場の不安定性に対処する実効的な政策手段を手にしていない」と厳しい。さらに「金融あるいは金融セクターの使命は何かというより根源的な問題」に立ち返る必要があるとの指摘は本質をついており、真摯に傾聴すべき卓見である。実体経済に比して過剰に拡大した金融がもたらすリスクへの懸念が本書を貫徹する視点といえる。終章で強調されているのは、金融セクターが生む価値の源泉を踏まえた対応策の必要性である。あとがきでは、「危機の前提条件の具備は好調な経済の陰で多くの場合静かに進む」という警句に続き、「金融拡大がもたらすプラスの効果よりも、そのマイナス面を警戒しなければならない局面にいるのかもしれない」と政策実務家に対して注意を喚起している。カーメン・ラインハートとケネス・ロゴフの共著がタイトルとするThis time is dierentは、債務危機が繰り返された歴史を皮肉まじりに想起させるものであるが、本書の警鐘も同じである。評者は、本書が危機を事前に察知して備えとする「賢者の改革」を促すことを期待する。なお、本筋からはやや外れるものの評者の立場からは、民間セクター関与(PSI)に関する議論の文脈で、国際債券市場のあり方、ハゲタカ・ファンドの功罪、開発途上国でのコーポレート債券市場育成の是非、さらにFintechへの向き合い方について著者の見解を知りたいとの思いを強くした。本書は、金融グローバル化のリスクが再び顕在化しつつある現在、金融分野で政策実務と政策研究に携わる者にとっての必読文献である。 ファイナンス 2018 Jun.57ファイナンスライブラリーFINANCE LIBRARYファイナンスライブラリーライブラリー

元のページ  ../index.html#61

このブックを見る