ファイナンス 2018年6月号 Vol.54 No.3
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○フランス皇帝ナポレオン三世が日米和親条約と同様の条約の交渉及び締結に必要な全権をド=ブルブロン公使に与えることに決したこと○交渉は締結が見込まれる日米和親条約をベースとし日本に居住するフランス人の治外法権、片務的最恵国待遇、日本国内での布教活動の自由を条約に規定することが重要であること○イギリスでもジョン・ボウリング駐中国公使に同じ指示が出されているので相互に支援し合うことなどが指示されている*16。これに対し、ド=ブルブロン駐中国公使はドルアン=ド=リュイス外務大臣に宛て、まず1854年4月7日に日米和親条約の締結が既になされたであろうとの書簡を発出し、続いて5月19日には、○ペリーの中国への戻りを待って情報収集する必要があること○イギリスと共同で又は同時に日本との交渉を行うことは、フランスの軍事力がイギリスの軍事力に見劣りすることを示すことになり、二国と同時に交渉したくないであろう日本側との間でフランス・イギリスのどちらが先に交渉するかを決めなければならなくなり問題があると考えていること○日本と交渉を始めるに当たってはフランス皇帝から日本国皇帝への親書と日本に対する贈り物*17が必要であることを述べた書簡を送っている。クリミア戦争に英仏が参戦しロシアと戦端を開いたという知らせは、1854年3月末の開戦後2カ月経ってから中国にも届くが、同戦争を通じた英仏両国の関係強化をベースに、1854年6月8日、ドルアン=ド=リュイス外務大臣はド=ブルブロン駐中国公使に宛てて、○フランスとイギリスとは本国間で日本との通商交渉を共同で行うことに同意したので日本との通商関係樹立に向けてイギリスのボウリング公使と協力すべきこと*16) 前掲アンリ・コルディエ著「フランスの日本との最初の条約」16~17頁。*17) ちなみに、現代のフランス語では、贈物を意味する言葉としては一般にcadeau(カド)を用いるが、19世紀半ばの書簡では、英語のプレゼントと同様présent(プレザン)が用いられている点が興味深い。*18) 例えば、(ア)200年以上前(正確には1623年)にイギリスが一方的に(平戸イギリス商館を閉鎖して)日本との貿易から撤退したこと、(イ)以来イギリス船がポルトガルと並んで日本で悪い取扱いを受けていること(イギリスのチャールズ2世が1662年にポルトガルのキャサリン・オブ・ブラガンサ王女と結婚したため日本人はイギリス・ポルトガルが同盟関係にあると考えているとド=ブルブロン公使は述べているが、これは1673年にイギリス船リターン号が貿易再開を日本に求めたときに日本側が貿易再開を拒絶した理由の一つであり、そのような古い事例まで持ち出して交渉延期を進言している)、(ウ)1808年にイギリスが長崎で引き起こしたフェートン号事件で長崎奉行らが自殺に追い込まれたことを、イギリスが日本において受けの悪い過去の事例として挙げている。○日米和親条約と比べ日本の港における居住及び通商の確立について改善を図ることは不可能ではないだろうこと○宗教の問題はデリケートなので初めから日本のキリスト教への不寛容さと闘って日本側の警戒心を呼び覚ますことのないようにすること○後日の条約改正の余地は残すべきだが日米和親条約の原則を変えるべきではないことを指示した上で、フランスの軍事力が十分評価されないような状況で日本の主要都市にフランスの全権委員が現れるようなことのないよう(相当の軍艦を派遣すべく)海軍省と調整するので、日本政府との可能な限り迅速な関係樹立に向けて取り組むべきとの催促の書簡を送っている。ところが、ド=ブルブロン公使は、1854年8月8日の書簡で、ドルアン=ド=リュイス外務大臣に向けて、○イギリスのボウリング公使は中国において事務に忙殺され、一方でイギリス東インド・中国艦隊のジェームス・スターリング司令官は敵国ロシア艦隊の動向が気になって中国沿岸を離れられないと言っていて、イギリスは日本との関係樹立を別の時期にせざるを得なくなっていること○フランスとしても時期を遅らせた方が中国における手持ちの軍艦が増強され日本から敬意を払われるような軍事力を持てるようになることを述べ、日本との交渉を延期するよう進言している。また、同じ書簡では過去のイギリスの行為が日本で受けが悪いため*18、イギリスと一緒に行動した場合、フランスが単独で日本に当たるよりも悪い結果となるのではないかと恐れているとも言っており、日本との交渉開始に極めて後ろ向きな姿勢を見せている。これに対し、ドルアン=ド=リュイス外務大臣は1854年10月7日の書簡で、イギリスと協調せよとは言ったが、それぞれがイニシアティブをとって自由に行動することはできるし、日本側にイギリスに対する42 ファイナンス 2018 Jun.

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