ファイナンス 2018年6月号 Vol.54 No.3
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OECD日本政府代表部参事官 安部 憲明▪はじめに―信用が懸かっているデジタル時代、われわれは不確実な変革期にある。見えない形で大量瞬時に資金が移動し、物理的拠点がなくても事業展開できる経済を特徴とする環境で、伝統的な租税原則や手法は見直しを迫られている。各国政府の焦燥は深刻だ。膨大な利益を上げる多国籍企業の税逃れを許している自身の不甲斐なさばかりではない。ひと握りの「勝ち組」への無策に対する国民の不満が、統治機構に対する信託を浸食しつつあるからだ。デジタル化に対応する実効的で信頼できる税制を構築するために、見えないものを視る力がますます必要になっている。本稿では、主要20カ国(G20)と強く連携しながら、経済協力開発機構(OECD)が牽引するデジタル税制に係る国際協調の取組を3つの柱で紹介する。1G20とOECD―相互補完的な協力関係近年、G20の成果物にはOECDとの連名が多い。これは、G20が事業委託するほか、OECDの先駆的取組にG20が事後的に「政治的お墨付き」を与えているからだ。「税源浸食と利益移転(BEPS)」の取組は、後者の好例で、OECD租税委員会が長年地道に取り組んできた成果が、パナマ文書問題などを契機にG20の後押しを得て、2018年5月現在116カ国・地域が参加する枠組に発展している。このビジネス・モデルは、OECDの〈意思決定の効率性と業績の質の高さ〉という利点と、中国など新興国とそれに列伍する参加国の多さというG20が持つ〈政治的正統性と普遍性〉という特長を相互に補う工夫の結晶である。本年3月、G20財務大臣・中央銀行総裁会議(アルゼンチン)は、その声明で、デジタル技術に国境はな*1) 20か国財務大臣・中央銀行総裁会議声明(2018年3月19-20日、ブエノスアイレス)日本語仮訳https://www.mof.go.jp/international_policy/convention/g20/180320.htmく形を持たないという性質や、認知的作業を自動化する能力が、世界経済を根本的に変質させつつある今、国内外での格差拡大などのリスクには国際協調を含む政策的対応で臨むべし、と危機感を鮮明にした*1。デジタル化の租税実務への影響は功罪両様である。経済の電子化が税制にもたらす影響につき、G20声明は、「依然として重要な未決着の課題」であり見極めが必要だ、と慎重だ。それでも、ブロックチェーン技術等は、納税者に対するサービス向上、脱税や税逃れの探知と捜査の能力向上、税務当局間の自動的情報交換の円滑化、年金や社会保障に関する事務の効率化や透明性を高め、税務行政の向上に資するであろう。反面、デジタル化は日常生活の隅々にまで構造的で不可逆の変革を起こしつつあり、どうやら市場原理に任せておくと勝者と敗者の格差を助長する力が働くらしい、技術革新が生む新たな利得行為、例えば、仮想通貨やフィンテックを活用した金融の直接取引などに、既存の制度は追いつけていない―ということが誰の目にも明らかになりつつある。この危機感が、G20が、「世界最大のシンクタンク」であり「国際基準の設定者」であるOECDに、デジタル経済の実態把握と、国際協調や制度改革などの政策的対応に係る提言を急がせる背景だ。2OECDの取組―デジタル税制の3本柱(1)新たな租税原則・ルールの検討デジタル税制に関する国際協調で、OECDが邁進する第1の柱は、「BEPS行動計画」の行動1(電子化に伴う課税上の課題への対処)における「デジタル経済に関するタスクフォース(TFDE)」の取組である。電子経済が国際課税に与える影響や、逆に、他のBEPS見えないものを視る力: OECDが牽引するデジタル税制 ファイナンス 2018 Jun.35

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