ファイナンス 2018年5月号 Vol.54 No.2
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わが愛すべき80年代映画論(第十回)文章:かつおBlu-ray発売中 ¥2,381+税ソニー・ピクチャーズ エンタテインメント監督:ジョン・G・アヴィルドセン音楽:ビル・コンティ出演:ラルフ・マッチオ、ノリユキ・パット・モリタ『ベスト・キッド』(原題:The Karate Kid)1984年練習前の道場の掃除、そして練習後の床の雑巾がけ。きっとこれも何かの役に立っていて、知らないうちに僕は強くなっているに違いない。全国の空手少年にそういった壮大な勘違いを生んだ伝説的な作品こそが、本作である。現実には道場の掃除費用の削減のためであろうし*1、鶴の舞からの前蹴りを繰り出しても昇段試験には受からない。少年たちは大人の階段を昇るにつれてそれを学んでいくわけだが、いずれにせよ、空手少年の胸を熱くし続け、大人になった今でも魂を揺さぶられる感動的な映画である。ストーリーは、ニュージャージーからカリフォルニアに引っ越した母子家庭の内気なダニエル(ラルフ・マッチオ)*2が、同じ学校の女性アリといいカンジになったために、元カレであるジョニー・ロレンス(ウィリアム・ザブカ)に目をつけられるところから始まる。彼の軍団「コブラ会」という無慈悲なカラテ道場の生徒たちにしこたまリンチをされるダニエル。たまたま通りがかったアパートの管理人、日本人のミヤギ(ノリユキ・パット・モリタ)が一瞬で彼らを叩きのめす。このミヤギこそ、沖縄・剛柔流空手の達人であり、彼の指導を受け、ダニエルは少年カラテ大会に出場することになる。凄まじいのはこの「コブラ会」。もともとしょぼい通信空手を学んでいたダニエルが興味本位でその道場を覗くと、師匠と弟子たちの以下のような怒号のやり取りが行われている。*「Fear does not exist in this dojo, does it?」(この道場に恐怖はないな、どうだ?)「No, Sensei!」(センセイ、ありません!)*「Pain does not exist in this dojo, does it?」(この道場に痛みはないな、どうだ?)*1) あるいは100歩譲っても、精神鍛錬。*2) DVD表紙画像参照「No, Sensei!」(センセイ、ありません!)*「Defeat does not exist in this dojo, does it?」(この道場に敗北はないな、どうだ?)「No, Sensei!」(センセイ、ありません!)森昌子が切なく歌う淡い恋心など吹き飛ぶ「センセイ」連呼。尋常ではないブラック道場である。こんな奴らに、肉体はガリガリ君、精神的にもライトフライ級くらいのダニエルでは、万に一つも勝つチャンスはない。観客の誰もがそう考えていたところからの、ミヤギの特訓である…。車のワックスがけ、床のヤスリ掛け、そして塀のペンキ塗り。完全なる管理人さんの雑用のお手伝い。これでは一体、どちらがブラック道場なのかと分からなくなる。ダニエルさんも分からなくなる。一体いつまでこんなことをさせるのか? そうミヤギを問い詰めたところで、本作の最も感動的なシーンが訪れるのである。「ワックスがけをやってみろ」。その言葉と同時に正拳突きを放つと、ダニエルは見事に、いわゆる空手の「掛け受け」の動きでそれを捌く。「床のヤスリ掛けをやってみろ」と言うや否や前蹴りを繰り出すと、ダニエルは見事に「下段払い」の動きでそれを捌く。ぽかーんとするダニエルさん。圧巻である。「インフォームド・コンセント」。そんな欧米風の概念は、ここには存在しない。「あれ? そういえばオフェンスの練習は?」という観客の心配をよそに、管理人直伝の卓越したディフェンス技術でトーナメントを勝ち上がるダニエル。最後にはコブラ会の卑劣な足関節攻撃(反則)に遭うも、海岸でミヤギを真似て練習した鶴の舞からの前蹴りで見事にジョニー・ロレンスの顎を跳ね上げ、優勝38 ファイナンス 2018 May連 載 ■ わが愛すべき80年代映画論

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