ファイナンス 2018年4月号 Vol.54 No.1
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ると、気になるし飛沫もとんでくるので落ち着かない。(教訓2:トイレも礼拝時間を避けるべき。)インドネシア人は綺麗好きなのか、どんな田舎に行ってもトイレは基本的に清潔である。かつて中国駐在時に遭遇した、想像を絶する便所で泣きながら用を足した経験が懐かしい。庁舎内は各階にMushollaと書かれたお祈り部屋が用意されていて、職員が礼拝している。そもそも礼拝は休憩時間扱いなのか、他の宗教の職員との間で不公平が生じないのか、とか野暮な疑問が浮かんだが、イスラムの国ということで納得することにした。職員とミーティングのアポを取る際は、礼拝時間を考慮する必要がある。会議の途中でも時間になれば席を立ってしまう職員が多いからである。急ぎの要件で幹部に面会に行ったときに「礼拝中なので少々お待ちください」と秘書に待たされることが度々あった。日本人にはなかなか理解できないが、アッラーは全てに優先するのである。前に立派な庁舎と書いたが、中身はいろいろと問題がある。在任中に、少なくとも3回はボヤ騒ぎがあった。ある日の朝、息子が自宅アパートの窓から外を見て「あ、火事だ。遠くで白い煙が上がってる」と叫んだ。「本当だ、怖いね」と言って出勤してみると、なんと国税総局が火元であった。その日から、安全確認が取れるまで入庁禁止となった。数日後に許可が下りて出勤すると、電源が完全に死んでいる。エアコンもエレベーターも動いておらず、灼熱地獄の真っ暗な階段を、JICAオフィスがある17階まで汗だくで登るはめになった。焦げ臭いにおいが鼻をつく。PCが使えないと全く仕事にならないので、窓からの光を頼りに必要書類やハードディスクを持ち出し、しばらく自宅勤務とした。どうしてもミーティングをしなくてはならないときは、皆で窓の近くに集まって、太陽光で書類を見ながら汗だくで議論した。非効率であることこのうえなく、文明の利器の有難さが身に染みた。結局、電源が完全に復旧するまで約1か月かかり、その間ほとんど出勤できなかった。ところが、意外にも業務に大きな支障は生じなかったのである。インターネット環境とスマホとPCとハードディスクがあれば、実はどこに居ても執務可能ということを身をもって実感できた。将来はもっとテレワークが普及してよいと思う。3.日本人とイスラム教これまで、日本人のイスラム教徒にはあまりお目にかかったことがなかった。世界のイスラム人口は15億人と言われており、世界人口の約5人に1人がムスリムであるにも関わらず、なぜ日本人にはあまりいないのか。『日本人のためのイスラム原論』(著:小室直樹)では、おもしろい見解を示している。日本人は宗教的規範を柔軟に自分流にアレンジしていく民族なのだそうだ。日本に伝来した仏教も戒律を日本式にゆるやかに変えて、例えば比叡山は女人禁制ではなくなった。正月は神社にお参りし、クリスマスを祝って、仏式の葬儀を行うなど、日本人は世界でも珍しいごちゃまぜな宗教観の民族なのである。イスラム教は、一日5回の礼拝や禁酒・食事制限などのコーランの規範を厳格に守らなくてはならず、アレンジできる余地がない。さらに、イスラムの唯一絶対神の考えは、日本人の八百万神信仰と相容れないのかもしれない。当地では時々日本人のムスリムにお目にかかるが、よくよく話を聞くとインドネシア人と結婚するためだけの目的で入信した人が多い。ムスリムは無宗教、多神教、偶像崇拝する宗教(仏教等)の人とは結婚できないからである。「妻がインドネシア人なので一応私もイスラム教徒です」などと言いながら、堂々とお酒を飲んで豚かつを頬張る、なんちゃってムスリムの日本人も多い。テレビでよく見かけるデヴィ夫人は、スカルノ初代大統領の第3夫人であったことは有名。コーランの規定では男性は4人まで妻を持つことができるが、第2夫人以降を娶るためには、恐れ多くも正妻(第1夫人)の許可を得なくてはならないらしい。このハードルは、超えるには高すぎると思えるのだが…。 ファイナンス 2018 Apr.23海外ウォッチャーFOREIGN WATCHER連 載 ■ 海外ウォッチャー

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