ファイナンス 2018年4月号 Vol.54 No.1
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はじめにイスラム国(ISIL)テロの脅威が連日報じられていた2014年、インドネシアへの赴任が決まった。国民の9割がイスラム教徒(ムスリム)という、言わずと知れた世界最大のイスラム人口を持つ国家である。イスラム=テロと単純図式化する知人や親戚から心配する声があったが、インドネシアはイスラムの国ではあっても極端な原理主義ではなく、少し誤解があるようなので、まずは基本情報を整理したい。なお、文中の意見に関る部分は全て筆者の私見である。インドネシアは日本と同じ島嶼国で、大小約1万3千の島々からなる。東西に細長い国土は端から端まで約5,000キロあり、人口は2.5億人(世界4番目)と日本の約2倍である。ASEAN本部が設置されている、東南アジアの盟主国である。異なる宗教、文化、民族及び言語が多数混在するが、その多様性を尊重することを建国以来の理念とし、国章ガルーダには「多様性の中の統一」というインドネシアの国是が掲げられている。憲法も宗教の自由を保障しており、首都ジャカルタでは、世界で3番目に大きいイスラム教モスクのイスティクラル礼拝堂と、キリスト教のジャカルタ大聖堂が向かい合って建っていることも象徴的である。私が知るインドネシア人は皆礼儀正しく、常に相手の立場を尊重し、笑顔を絶やさないフレンドリーな方々である。めったなことでは怒らず、争いを好まない。イスラムの平等精神からか、上下関係も厳しくないので職場の雰囲気は極めて良く、パワハラ自殺などとは無縁である。宗教や民族間等の紛争はないわけではないが、国の規模を考えると少ない方だと思う。今年は日本・インドネシア国交樹立60周年にあたり、多くの記念イベントが開催されている。親日的な国なので日系企業が多数進出しており、在留邦人数は約2万人に上る。この国の登録自動車の約90%(バイクは95%)は日本メーカー製であり、これは、日本国内で走っている日本車の割合よりも高いそうである。1.赴任日の洗礼2014年11月、スカルノ・ハッタ国際空港に降り立った。とにかく暑い。空港職員女性はムスリムなのか、髪を隠すために黒っぽいスカーフ(ヒジャブ)を被っているが、見ているだけで暑苦しくなる。赴任前に先輩から「いろいろトラブルはあると思うけど気を付けてね」と妙なアドバイスを受けたが、いきなり空港で税関職員から洗礼を受けた。「この変圧器の持ち込みには関税500ドルが課される。払わなければ没収する」とのこと。1万円くらいの変圧器に、購入価格の5倍以上の関税を払うのか。そもそもなんでルピアではなくドル建てなのか。職員は500USDとか書かれた書類を見せるが、インドネシア語で書かれていて内容はさっぱりわからない。その場で思い付きの言い訳をした。「この変圧器は、JICAプロジェクトであなたの国を支援するために持ってきたのです」。「JICAか、それならOKだ」とあっさり笑顔で通してくれた。一職員に大きな裁量権が与えられているのか、裁量を超えた個人的な要求だったのか今となってはわからないが、少なくとも、この国ではJICA支援事業への理解がある、ということがわかった。ジャカルタは未だにバス以外の公共交通機関を有せず、世界で最も渋滞がひどい都市とされており、JICA円借款で建設中のMRT都市高速鉄道への期待が大きい。インドネシア人にJICAと名乗ると「MRTは一体いつ完成するんだ?」と目を輝かして聞いてくるFOREIGN WATCHER海外ウォッチャーイスラムの国に赴任してインドネシア財務省国税総局派遣 JICA(国際協力機構)専門家 小杉 直史 ファイナンス 2018 Apr.21連 載 ■ 海外ウォッチャー

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