ファイナンス 2018年2月号 Vol.53 No.11
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連 載|海外ウォッチャーも関わらず、当初想定した通りに全てのPolicy Actionsを実行するのはとても困難です。まず市場環境が変化するという問題があります。例えば、バングラデシュの場合、国債の流通市場の改革をしようとしていたところ国債の発行がなくなってしまった、ということが発生しました。次に、事前の分析が不十分だったことが後から分かるというケースがあります。特に危機対応としてプログラムが導入された場合には、デザインの段階で時間制約に直面するため、分析に抜け漏れが出る可能性が高まります。さらに、相手国政府内での決断力が欠けているという問題もあります。政府側の担当者に案件の知識・経験が不足している状況で(例えば担当者が人事異動で変わってしまうようなケースなど)かつリスク回避的な組織文化があると、事前の分析を過剰に求めすぎるあまりいつまでたっても意思決定ができない、そして最悪の場合、プログラムの実行が遅れることで職員のやる気が削がれさらに遅延が進む、といった悪循環に陥ります。(2)市場は本当に発展するかプログラムが着実に実行されたとしても、プログラムの実施期間内(3~5年程度)に市場が劇的に発展する保証はありません。プログラムは市場発展のいくつかの障害を取り除くことはできますが、政治的に解決が難しい課題が依然として残ってしまう(あるいはプログラムの実施中に顕在化する)といったケースがあります。バングラデシュの場合、債券市場発展の最大の障害は、郵便局で販売されている政府による元本保証がなされた個人向けの貯蓄商品(NSC:National Saving Certicate)です。NSCの発行主体は政府で、発行を通じて得られた資金は政府の借入れになります。バングラデシュでは年金・社会保障制度が未発達のため、NSCは低所得者に老後に備えた貯蓄を促す唯一のツールとして機能しており、国債よりも高い金利が支払われます。2013年にNSCと国債の金利差は1.5%程度でしたが、2016年には6%弱に拡大しました。NSCには発行額上限がなく、個人の求めに応じて政府はNSCを発行する義務があります。国債との金利差が拡大するにつれNSCの需要も高まり、直近ではNSCで十分な資金調達ができるため、政府が国債発行による借入れの必要がなくなってしまいました(2017年3~5月の国債発行実績はなし)。債券市場の価格形成のために厚みのある国債流通市場は不可欠ですが、国債市場は直近では干上がってしまっている状況です。NSCは社会政策的な側面があり政治的にセンシティブな問題となっています。そのため、資本市場育成を主目的として、ただちにNSCを改革したり代替となる制度を導入することは難しく、今後中長期の年金・社会保障制度の改革と一体で議論していく必要があると思います。スリランカの場合、社会民主共和国という政体をとっており、労働者の権利が重視されています。結果、労働者の権利に抵触するような改革を短期間で導入することは政治的にも極めて困難とみなされています。例えば、国有企業の民営化・株式公開は株式の供給を増やすために有効と思われますが、労働組合との関係で慎重な対応が必要となります。また、株式・社債への需要を増やすためには、現状ほぼ国債投資に向けられている公的年金基金(Employees' Provident Fund)の投資政策を変更し、よりリスク性の高い資産(株式・社債・インフラ債など)への投資を増やすことも有効と思われますが、これについても、大きな制度変更を伴う場合には労働者代表の合意を得る必要があります。*8以上のような問題は、どのような政治経済体制を志向するかという国家主権の問題と絡むため、ADBをはじめとする開発金融機関による技術的なアドバイスの範囲を超える場合があることに難しさがあります。*8)ADBでは日本政府の信託基金の支援を受けつつ、スリランカの公的年金制度改革についての中長期戦略を策定しているところです。48ファイナンス 2018.2

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