ファイナンス 2017年12月号 Vol.53 No.9
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連 載|日本経済を考える定要因となるためには、金融政策ルールが受動的であり、財政政策ルールは能動的(非リカーディアン型)であることが前提となる。FTPLに関する実証研究の多くは、この前提条件が成立しているかどうかを調べることで理論の妥当性・適用可能性を検証するというアプローチをとっている。竹田(2002)は、財政政策ルールがリカーディアン型、非リカーディアン型である場合の政策変数の動きをそれぞれシミュレートし、それらを現実のデータや多変量自己回帰モデルによるインパルス応答関数と比較することで、少なくとも1990年まではリカーディアン型であったと結論付けている。福田・計(2002)はFTPLの前提条件を直接検証しているわけではないが、FTPLが成り立っているならば、財政赤字の拡大が、特に調整の速い株価、長期金利(国債価格)、為替レートといった価格変数に影響を与えるという想定の下、90年代の財政支出のニュースイベントが各価格変数に与える影響を分析している。結果、90年代の後半においてのみ長期金利と為替レートに有意な影響が見られ、FTPLがこれらを不完全ながら説明できるとしている。Doi et al.(2011)はマルコフ・スイッチングモデルを用いて1980年から2010年までの金融・財政政策(税収)ルールを推定し、両政策ルールには期間中にレジーム変化があったものの、どのレジームにおいても財政政策ルールは能動的(非リカーディアン型)、金融政策ルールは受動的、すなわち財政支配のレジームであったことを示している。Ito et al.(2011)もマルコフ・スイッチングモデルによる財政政策ルールの推定を行い、日本の財政政策ルールがリカーディアン型かどうかは時期によって異なり、1970年から2004年にかけては非リカーディアン型であったことを示している。これらの研究結果を総合すると、遅くとも90年代後半以降、財政政策ルールが非リカーディアン型になりつつあることを示唆しているが、直近の研究であるDoi(2018)はDoi et al.(2011)と同様の手法でサンプル期間を延長して推定を行い、アベノミクス期(2013年以降)において財政政策ルールはリカーディアン型でも非リカーディアン型でもなく、FTPLが成り立つ状況ではないとしている。3.FTPLに基づく政策提言に対する研究者の見解前節ではFTPLの理論的概要と日本を対象とした関連する実証研究を概観した。しかし、仮に政策ルールの組み合わせにおいてFTPLが成立する経済状況にあったとしても、それ以外の理論的前提が満たされなければFTPLに依拠する政策の実行には問題が生じる可能性がある。そこで本節では、シムズ教授によるFTPLに基づく政策提言と、それに対する国内の経済学者の見解を紹介する。シムズ教授の提案は「消費税率の引き上げ時期を明示的にインフレ目標の達成とリンクさせる」、すなわち、インフレ率が安定的に2%程度になるまで消費税率の引き上げを行わないというものであり、以下ではこれを「シムズ提案」と呼称する。前節での議論を応用すれば、シムズ提案は、物価が上昇するまでは財政規律に縛られない非リカーディアン型財政政策を行い、FTPLのメカニズム通じて消費税率引き上げの延期(将来の財政余剰の減少)によって物価を上昇させ、インフレ目標の達成後にはリカーディアン型財政政策と能動的金融政策の組み合わせである金融支配のレジームへ移行する政策と解釈できる。池尾和人慶應義塾大学教授は、FTPLの扱う将来の財政余剰とシニョレッジが人々の予想に依拠する値であることを念頭に、インフレ率が2%となるよう予想をコントロールするのは困難との見方を示している*13。すなわち、シムズ提案を実行しても人々の予想が変化しなければ効果はなく、逆に現状が将来の財政収支に関して過度に楽観的な「国債バブル」であるとすると、財政規律の放棄が国債バブルの崩壊を招き、急激な物価上昇に繋がる恐れがある。さらに後者の場合、中央*13)日本経済新聞平成29年3月14日朝刊。46ファイナンス 2017.12

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